2011年06月01日

中世の山田を歩いた(福山市熊野町)

備陽史探訪:160号」より

杉本 憲宏

次郎丸の石塔群にて

次郎丸の石塔群にて

今回三月徒歩例会を担当させていただきました。

昨年の十二月の初め、田口会長から軽く「徒歩例会やってみれば」と言われ、その場は笑顔で返事は濁していたのですが、忘年会でお酒が入った中、田口会長や坂本部会長との話の中で「フォローするから大丈夫、やってみなさい」と言われ、良い勉強になるだろうし何事も経験と前向きに考えて受けることにしました。

田口会長に何ヵ所かの候補地を挙げてもらいその中の熊野町を選びました。特に熊野町について詳しいわけではなく、戦国時代に国人渡辺氏が支配していた。渡辺氏の居城一乗山城が在る。渡辺氏の菩提寺常国寺が在り、同寺は将軍足利義昭が立ち寄ったお寺である。一乗山城よりも古い甲谷城が在る。そして山田と呼ばれていた。というぐらいの知識でした。資料作りでは、図書館に通い熊野町と渡辺氏に関係した資料集めました。文章を書くのが苦手で、説明文は引用させてもらいました。また県史の資料編に記載されている渡辺氏関係の文書を坂本さんに読み下してもらい作成していきました。

下見では、坂本部会長の山城をすいすい登って行く健脚さにおどろかされました。コースを組み実際に現地を歩いてみると、なぜ次郎丸などの地名がその場所に在るのかがよく解り、あまり開発の進んでいない熊野町の現状から、中世を想像することができました。

徒歩例会当日、担当が入会したばかりの自分ということで、「来る人は本当にいるのだろうか」と思っていましたが、五十名を超える参加者ということで、緊張で何をどう説明したのか今となっては何も覚えてないぐらいです。実際は現地での説明は田口会長と坂本部会長がされていたような……。

今回担当者として、資料を作りコースを組み、色々な段取りをしていく中で、熊野町の歴史はもちろんのこと、色々勉強させていただきました。参加者のみなさんはどうでしたか?まだまだ資料が未熟で物足りないなど色々あると思います。何かありましたらどうぞ遠慮なく言ってください。例会が無事終わったのは、田口会長、坂本部会長はじめ役員会員の方々の協力のおかげです。ありがとうございました。
甲谷城址鳥瞰図

▲甲谷城址鳥瞰図(杉本作図)