福山市駅家町「小砂阿弥陀地蔵堂」
「備陽史探訪:184号」より
秋山 由実
辻堂百景2
いくつかの思い出深い堂のひとつが、辻堂探訪に新しい視点を投げかけてくれたこの「小砂阿弥陀地蔵堂」である。
絵を描く友人と辻堂探しをしていた時、友人の「ステキ!」の一言。「とても絵になるわ」。
私のオススメ辻堂の筆頭である熊野町の花咲堂は、確かに絵になる堂で、しかも主要な旧道沿いに建ち、献灯の習俗を残す堂としても興味深い。けれど、この堂は古い史料にあるでもなく、様式も入母屋造で、さほど興味もなかったのであるが、目を輝かして近付いていく友人。
「どう、この風景とのマッチング!」
「まあ、古い寄付板だわ、へー、1円だって!」
偉そうな肩書きがなくたって、旧道沿いでなくたって、四方吹放宝形造でなくたって、どれだけたくさんの「むかぁし」の情報を内包してるんだよって!辻堂ウォッチャー駆け出しの私には目からウロコの出会いだった。
辻堂を遺物や遺跡で捉えては何の価値もなくなる。地域の中で積み重ねてきた歴史に価値があるのだ。その生活に、その思い出に、その風景に。
道があり、人々がおり、生活があり、そして辻堂がある。こうでなくてはいかん。
後に写真を撮る友人からも「辻堂って、フォトジェニック!」と賞賛されることになる。
https://bingo-history.net/archives/18577https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2017/09/d4bcf804b5a559a1cb9fa3239a5de778.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2017/09/d4bcf804b5a559a1cb9fa3239a5de778-150x100.jpg近世近代史「備陽史探訪:184号」より 秋山 由実 辻堂百景2 いくつかの思い出深い堂のひとつが、辻堂探訪に新しい視点を投げかけてくれたこの「小砂阿弥陀地蔵堂」である。 絵を描く友人と辻堂探しをしていた時、友人の「ステキ!」の一言。「とても絵になるわ」。 私のオススメ辻堂の筆頭である熊野町の花咲堂は、確かに絵になる堂で、しかも主要な旧道沿いに建ち、献灯の習俗を残す堂としても興味深い。けれど、この堂は古い史料にあるでもなく、様式も入母屋造で、さほど興味もなかったのであるが、目を輝かして近付いていく友人。 「どう、この風景とのマッチング!」 「まあ、古い寄付板だわ、へー、1円だって!」 偉そうな肩書きがなくたって、旧道沿いでなくたって、四方吹放宝形造でなくたって、どれだけたくさんの「むかぁし」の情報を内包してるんだよって!辻堂ウォッチャー駆け出しの私には目からウロコの出会いだった。 辻堂を遺物や遺跡で捉えては何の価値もなくなる。地域の中で積み重ねてきた歴史に価値があるのだ。その生活に、その思い出に、その風景に。 道があり、人々がおり、生活があり、そして辻堂がある。こうでなくてはいかん。 後に写真を撮る友人からも「辻堂って、フォトジェニック!」と賞賛されることになる。管理人 tanaka@pop06.odn.ne.jpAdministrator備陽史探訪の会備陽史探訪の会近世近代史部会では「近世福山の歴史を学ぶ」と題した定期的な勉強会を行っています。
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