2010年04月18日

後鳥羽伝説紀行(広島県三次市~庄原市)

2010年4月18日発行

後鳥羽伝説紀行
承久の乱後、幕府は後鳥羽上皇を隠岐国へ流した。

後鳥羽上皇通行のコースについて、幕府の公式記録ともいうべき『吾妻鏡』は、承久三年(1221)七月一三日御輿の前後を幕府の武士に日まれて鳥羽の行宮(あんぐう)を出発した上皇の一行は、同月二七日出雲の大湊へ着、同港より隠岐へ向かい、八月五日隠岐国阿摩郡苅田郷に着とあり、また、京都方の記録に基づいて書かれた『承久兵乱記』にも、京都から播磨国の明石の浦へ出て、美作国と伯耆(ほうき)国 の境を越えて出雲大湊へ着いたとしていて、備後国を通過したとはしていない。 しかし、備後国南部尾道から、北部の高野町まで点々として後鳥羽上皇通行の伝説が濃厚に残っている…


<目次>

  • 予定表
  • 後鳥羽伝説紀行
  • 後鳥羽上皇配流ルート (現国道184号線沿い)
  • 王居峠神社
  • 曹洞宗万歳院千秋山功徳寺
  • 内田康夫「後鳥羽伝説殺人事件」
  • 円正寺のシダレザクラ(県天然記念物)
  • 堀江家住宅(国重要文化財)
  • 古家真屋敷跡(庄原市史跡)
  • 荒木家住宅(国重要文化財)
  • 旛山家住宅(国重要文化財)
  • 木村家住宅 (市重要文化財)

 
 
後鳥羽伝説紀行