「備陽史探訪:202号」より
山口 哲晶
芒種をすぎて入梅を迎えた。この時期になっても我が家の周辺では植えたばかりのか弱い苗が雨に打たれる風景はすっかり眼にしなくなった。
雨模様の日、ぶらりと引野町の南部を歩いてみた。
谷地池から南に歩くと天道池が見えてくる。今は埋め立てられてずいぶんと小さくなった。江戸時代の初め、完成した引野沼田新田の灌漑用水として時の庄屋藤井惣兵衛久政が藩命により造成したもので別名「惣久池」ともいう。
さらに南に進むと梶島山が見えてきた。その名の通り佃沖新開ができるまでは深津湾内の弧島で、正保二年の佃沖新開を造成する際の堤防が対岸の丘陵に延びて陸続きとなった。「百閒土手」と呼ばれたこの堤防の跡は今に残っている。後年築かれた千間土手の痕跡もゆるい段差として梶島山の西側に見て取れる。
梶島山の東、このあたりの字名は「宅部」という。旧名は宅(家)部(やかべ)と言っていたが、いつしか「たくべ」と音読みで呼ばれるようになった。家部とは「家人」という意味で、その人たちが住んでいたため、それが地名になったといわれている。ここには宅部古墳があったと言われているがすでに破壊され、詳細はわからない。
ここから十五分程南に歩くと緑の小山が見えてきた。江戸時代までは深津湾入口の島で手城山という。天文十一年(一五四二)に尼子氏側に寝返った山名理興を大内方が攻めた神辺合戦の海側の前線基地となった手城山城跡で、かすかに郭と思える段差が残る。城跡には天当神社が祀られているため地元では親しみを込めて「天当さん」と呼んでいる。
少し戻ると東西に走るバス道がある。この道は明治の初めまでは海岸で、のちに村の補助を得て石を積み造られたもの。この道を東にしばらく歩くと「皿山」のバス停が見え、献上品の保命酒徳利で名高い「岩谷焼」の窯跡がその山際、竹藪の中に残る。近所の人の話では時折学生さんが訪ねてくるという。見れば、民家の庭先や道端には窯道具や陶磁器の破片が何気なく散らばり窯跡の地とわかる。
ここまで来て雨模様の空から静かに雨が降ってきた。民家の庭には大きな鉢にあやめが一株、雨を待っていたかのように咲いていた。

https://bingo-history.net/archives/30280https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2025/09/hikino.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2025/09/hikino-150x100.jpg管理人紀行・随筆「備陽史探訪:202号」より
山口 哲晶 芒種をすぎて入梅を迎えた。この時期になっても我が家の周辺では植えたばかりのか弱い苗が雨に打たれる風景はすっかり眼にしなくなった。 雨模様の日、ぶらりと引野町の南部を歩いてみた。 谷地池から南に歩くと天道池が見えてくる。今は埋め立てられてずいぶんと小さくなった。江戸時代の初め、完成した引野沼田新田の灌漑用水として時の庄屋藤井惣兵衛久政が藩命により造成したもので別名「惣久池」ともいう。 さらに南に進むと梶島山が見えてきた。その名の通り佃沖新開ができるまでは深津湾内の弧島で、正保二年の佃沖新開を造成する際の堤防が対岸の丘陵に延びて陸続きとなった。「百閒土手」と呼ばれたこの堤防の跡は今に残っている。後年築かれた千間土手の痕跡もゆるい段差として梶島山の西側に見て取れる。 梶島山の東、このあたりの字名は「宅部」という。旧名は宅(家)部(やかべ)と言っていたが、いつしか「たくべ」と音読みで呼ばれるようになった。家部とは「家人」という意味で、その人たちが住んでいたため、それが地名になったといわれている。ここには宅部古墳があったと言われているがすでに破壊され、詳細はわからない。 ここから十五分程南に歩くと緑の小山が見えてきた。江戸時代までは深津湾入口の島で手城山という。天文十一年(一五四二)に尼子氏側に寝返った山名理興を大内方が攻めた神辺合戦の海側の前線基地となった手城山城跡で、かすかに郭と思える段差が残る。城跡には天当神社が祀られているため地元では親しみを込めて「天当さん」と呼んでいる。 少し戻ると東西に走るバス道がある。この道は明治の初めまでは海岸で、のちに村の補助を得て石を積み造られたもの。この道を東にしばらく歩くと「皿山」のバス停が見え、献上品の保命酒徳利で名高い「岩谷焼」の窯跡がその山際、竹藪の中に残る。近所の人の話では時折学生さんが訪ねてくるという。見れば、民家の庭先や道端には窯道具や陶磁器の破片が何気なく散らばり窯跡の地とわかる。 ここまで来て雨模様の空から静かに雨が降ってきた。民家の庭には大きな鉢にあやめが一株、雨を待っていたかのように咲いていた。 管理人 tanaka@pop06.odn.ne.jpAdministrator備陽史探訪の会