3月20日【せとうちエレジー沼隈半島体験博参加行事】福山藩の隠れ名物「憩亭」を訪ねて 開催

江戸時代の儒学者菅茶山が「特に福山藩に多く、場所と数を書きとめおくべき」と記した「憩亭」(辻堂・四ツ堂)は、その多くが江戸時代から藩あるいは行政の力ではなく、地域の力のみで何百年と受け継がれてきました。今日はその魅力を特に福山市藤江地区を例に、その研究者であり第一人者でもある秋山由美先生から事前の講義の後、現地で説明を受けました。

https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4323-1024x683.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2026/03/IMG_4323-150x100.jpgSera活動報告江戸時代の儒学者菅茶山が「特に福山藩に多く、場所と数を書きとめおくべき」と記した「憩亭」(辻堂・四ツ堂)は、その多くが江戸時代から藩あるいは行政の力ではなく、地域の力のみで何百年と受け継がれてきました。今日はその魅力を特に福山市藤江地区を例に、その研究者であり第一人者でもある秋山由美先生から事前の講義の後、現地で説明を受けました。備後地方(広島県福山市)を中心に地域の歴史を研究する歴史愛好の集い
最初に藤江交流館で憩亭の歴史と、藤江地区に残る憩亭の見どころについて教えて頂きました。

最初に藤江交流館で憩亭の歴史と、藤江地区に残る憩亭の見どころについて教えて頂きました。

一番目に訪れたのは海岸近くにある憩亭で、近年交通の妨げにならない様小さく再建された例。でもまだ地域の

一番目に訪れたのは海岸近くにある憩亭で、近年交通の妨げにならない様小さく再建された例。でもまだ地域の力で受け継がれているのはすばらしい事です。ちょうど菜の花が咲か始めで良い感じです。

二番目と三番目は坂東(さかんとう)集落の中を通る道沿いに残っている憩亭。この憩亭は昭和七年修築のもの

二番目と三番目は坂東(さかんとう)集落の中を通る道沿いに残っている憩亭。
この憩亭は昭和七年修築のもの。

三番目のこの憩亭は平成十六年に再建のもの。この辺りでは珍しく天井張りにされている。

三番目のこの憩亭は平成十六年に再建のもの。この辺りでは珍しく天井張りにされている。

四番目に訪れた「通畑」の憩亭。残念なことにほとんど顧みられなくなって倒壊寸前。珍しく藁ぶき屋根でした

四番目に訪れた「通畑」の憩亭。残念なことにほとんど顧みられなくなって倒壊寸前。珍しく藁ぶき屋根でした。ここで記念撮影の後、交流館に戻って解散となりました。知的な刺激を受けながら快適な雨上がりのウォークでした。