11月6日【ぶら探訪】梶島山と周辺を歩く 開催

コロナ禍も落ち着いて来たことから3月以来となるぶら探訪を実施しました。

今回は深津町、引野町の新田開発のあゆみから千間土手、百間土手の跡と梶島山周辺の地域史がテーマです。

今日の講師は種本実(近世近代史部会)です。ぶらぶら歩いて探訪します。

 

田辺さんのお宅にお邪魔して潮馴れの松について説明いただきました。残念なことに現在は枯れてしまいましたが、

この辺りがまだ海の頃岩礁であった高まりの上に生えていた巨松でした。

この岩礁の下部にはまだ当時の貝殻がこびりついています。

 

その後梶島山の事に詳しい藤井さんに案内して頂きました。この辺りの庄屋であった太田家の屋敷跡で。

この辺りは上井出水系の末端にあたり水に最も困った場所で、井戸も水質が異なる為いくつも掘り、

使い分けるようなこともしていたとの事でした。石樋畷南端の道標が移設されて残っていました。

 

梶島山の上からはかつての海とその後の干拓地が一望できます。現在の家やビルが立ち並ぶ光景からは想像できません。

 

最後に引野の藤井家墓所前で解散となりました。種本さん今日の案内ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2021/11/IMG_8149-1024x768.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2021/11/IMG_8149-150x100.jpgSera活動報告コロナ禍も落ち着いて来たことから3月以来となるぶら探訪を実施しました。 今回は深津町、引野町の新田開発のあゆみから千間土手、百間土手の跡と梶島山周辺の地域史がテーマです。 今日の講師は種本実(近世近代史部会)です。ぶらぶら歩いて探訪します。   田辺さんのお宅にお邪魔して潮馴れの松について説明いただきました。残念なことに現在は枯れてしまいましたが、 この辺りがまだ海の頃岩礁であった高まりの上に生えていた巨松でした。 この岩礁の下部にはまだ当時の貝殻がこびりついています。   その後梶島山の事に詳しい藤井さんに案内して頂きました。この辺りの庄屋であった太田家の屋敷跡で。 この辺りは上井出水系の末端にあたり水に最も困った場所で、井戸も水質が異なる為いくつも掘り、 使い分けるようなこともしていたとの事でした。石樋畷南端の道標が移設されて残っていました。   梶島山の上からはかつての海とその後の干拓地が一望できます。現在の家やビルが立ち並ぶ光景からは想像できません。   最後に引野の藤井家墓所前で解散となりました。種本さん今日の案内ありがとうございました。                      備後地方(広島県福山市)を中心に地域の歴史を研究する歴史愛好の集い