ふくやま草戸千軒ミュージアム共催
志川滝山合戦とは、天文21年(1552)7月23日、安芸の毛利元就が備後外郡志川滝山城を攻めた戦いである。合戦は毛利氏の勝利で終わり、以後備後南部は毛利氏の支配下に入った。合戦に関する同時代史料は多く、戦国時代の合戦の実態を知りうる重要な戦いであるが、謎もまた多い。最大の謎は、この合戦の一方の主人公である志川滝山城に籠った武将は誰であったかである。『陰徳太平記』などの近世の文献では宮入道光音が380余騎を率いて籠城したことになっているが、資料の性質上信ずるに足らない。
今回は、当時の一級史料に基づき、志川滝山城に籠城した宮氏の素性と、その備後戦国史上に於ける意義を考察してみたい。
講師 | 田口義之(備陽史探訪の会会長) |
開催日 | 9月9日(土) |
時間 | 午後2時~3時半 |
場所 | ふくやま草戸千軒ミュージアム 地下講堂(広島県立歴史博物館・福山市西町) |
参加費 | 無料 |
募集人数 | 150名 |
備考 | 申込み不要。 |
行事に関するご質問などは「お問い合わせフォーム」より、お問い合わせください。
【ふくやま草戸千軒ミュージアム】
https://bingo-history.net/archives/27974https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2017/07/IMG_1340-1024x683.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2017/07/IMG_1340-150x100.jpg管理人行事案内バックナンバーふくやま草戸千軒ミュージアム共催
志川滝山合戦とは、天文21年(1552)7月23日、安芸の毛利元就が備後外郡志川滝山城を攻めた戦いである。合戦は毛利氏の勝利で終わり、以後備後南部は毛利氏の支配下に入った。合戦に関する同時代史料は多く、戦国時代の合戦の実態を知りうる重要な戦いであるが、謎もまた多い。最大の謎は、この合戦の一方の主人公である志川滝山城に籠った武将は誰であったかである。『陰徳太平記』などの近世の文献では宮入道光音が380余騎を率いて籠城したことになっているが、資料の性質上信ずるに足らない。
今回は、当時の一級史料に基づき、志川滝山城に籠城した宮氏の素性と、その備後戦国史上に於ける意義を考察してみたい。 講師
田口義之(備陽史探訪の会会長) 開催日
9月9日(土) 時間
午後2時~3時半 場所
ふくやま草戸千軒ミュージアム 地下講堂(広島県立歴史博物館・福山市西町) 参加費
無料 募集人数
150名 備考
申込み不要。
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【ふくやま草戸千軒ミュージアム】管理人 tanaka@pop06.odn.ne.jpAdministrator備陽史探訪の会