備前福岡・長船の古代中世を訪ねる旅(瀬戸内市~備前市)

2000年9月17日発行

備前福岡・長船の古代中世を訪ねる旅
福岡城跡

吉井川の河原のゴルフ場内にある稲荷山、または中島山と呼ばれる丘が城跡と言われている。ただし、その左岸、岡山市寺山にある丘陵が城山と呼ばれていること、及び当時の吉井川は本城の西にも流れ、城山は中州であったことからこちらが当時の城跡ではなかったかとも推定できる。

建武年間(1334-38)は赤松氏の配下であった。その後、足利幕府内の騒乱が起こり、観応元年(1350)11月、足利尊氏は中国探題として鞆に滞在した足利直冬追討の途中、中国・四国の諸勢の集合を待ちながら備前福岡へ40日滞在した際、この城を本陣とした…


<目次>

  • 「備前福岡・長船の古代中世を訪ねる旅」予定表
  • はじめに 備前福岡の年譜
  • (1)福岡城跡
  • (2)福岡市と市跡
  • (9)備前長船博物館
  • (10)一文字派
  • (3)福岡庄
  • (4)一遍上人伝
  • (5)備前福岡郷土館
  • (6)教意山妙興寺(黒田家墓所・宇喜多興家墓所)
  • (7)黒田氏と備前福岡
  • (8)刀剣
  • (11)福岡一文字造剣之碑
  • (12)長船派
  • (13)祐定
  • (13)土師と花光寺山古墳・新庄天神山古墳
  • (14)新庄天神山古墳出土石枕
  • (15)服部廃寺跡
  • (16)鶴山丸山古墳
  • (17)須恵古代館
  • (18)築山古墳
  • (19)備前南大窯跡
  • (20)備前焼
  • (21)真光寺
  • (22)真光寺本堂
  • (23)真光寺三重塔
  • (24)備前四十八カ寺
  • (25)報恩大使
https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2000/09/23ff2ff5944543e8b3da26f45d2e7b9a.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2000/09/23ff2ff5944543e8b3da26f45d2e7b9a-150x100.jpg管理人デジタルライブラリー史跡巡り2000年9月17日発行 福岡城跡 吉井川の河原のゴルフ場内にある稲荷山、または中島山と呼ばれる丘が城跡と言われている。ただし、その左岸、岡山市寺山にある丘陵が城山と呼ばれていること、及び当時の吉井川は本城の西にも流れ、城山は中州であったことからこちらが当時の城跡ではなかったかとも推定できる。 建武年間(1334-38)は赤松氏の配下であった。その後、足利幕府内の騒乱が起こり、観応元年(1350)11月、足利尊氏は中国探題として鞆に滞在した足利直冬追討の途中、中国・四国の諸勢の集合を待ちながら備前福岡へ40日滞在した際、この城を本陣とした… <目次> 「備前福岡・長船の古代中世を訪ねる旅」予定表 はじめに 備前福岡の年譜 (1)福岡城跡 (2)福岡市と市跡 (9)備前長船博物館 (10)一文字派 (3)福岡庄 (4)一遍上人伝 (5)備前福岡郷土館 (6)教意山妙興寺(黒田家墓所・宇喜多興家墓所) (7)黒田氏と備前福岡 (8)刀剣 (11)福岡一文字造剣之碑 (12)長船派 (13)祐定 (13)土師と花光寺山古墳・新庄天神山古墳 (14)新庄天神山古墳出土石枕 (15)服部廃寺跡 (16)鶴山丸山古墳 (17)須恵古代館 (18)築山古墳 (19)備前南大窯跡 (20)備前焼 (21)真光寺 (22)真光寺本堂 (23)真光寺三重塔 (24)備前四十八カ寺 (25)報恩大使 備前福岡長船の古代中世を訪ねる旅備後地方(広島県福山市)を中心に地域の歴史を研究する歴史愛好の集い