山城志:第14集」より

門田 幸男

吉野裕子博士

現在NHKで、失われつつある昔から伝えられて来た祭礼や民族行事を掘り起こしてビデオに収録する努力が続けられています。これと同じく危機感を抱いて全国を歩き伝承行事や民話を大正から昭和初期に収集に努められたのが柳田国男先生であります。けれども山のような資料を整理し編集はされたけれども徹底的解明にまで至らず戦後亡くなられました。

(私見)その後柳田先生の意思を受け継いだ人達は収集整理には熱心だが謎解きの鍵を持たない為に民俗行事や民話を育み育てた昔の人の心を白日の下に引き出す成果には至らず今日に至っているように見受けられる。

(私見)そんなところに昔の人が依って立った基本的思想である易を含む陰陽五行思想をひっさげて手当り次第解き明かして来られたのが吉野裕子先生であると私は思います。

吉野先生は柳田学派の人達からは異端視されて居るらしくて吉野先生の華々しい成果は無視と沈黙でもって接している様子なのでありますが柳田学派にとらわれない自由な立場の人達のみが吉野先生の行跡を素直に評価しているのが現状であります。そこで潜越ではございますが吉野先生のすばらしい仕事の一端を昔の人の心や事跡を探究しようと思っている人の集団である探訪の会の皆さんに紹介してみようと考えました。

今までにもアマテラスとスサノオ神話など会報に投稿した文章についての私の考え方は全て吉野民俗学に立脚した考え方で書いて居ますので御承知の事と思います。とは申しましても吉野先生の仕事は大変広範囲でその上に深いので私がその全てを理解し消化しているわけでもなく何から始めようかと迷ってしまいます。

日本人最大の祭典である正月に欠く事の出来ない松の話を致しましょう。柳田先生が申しました言葉に「祭には必ず木を立てる」と言うのがあります。諏訪大社の御柱も又地方の小社で立てる職はその変形したものであります。立てた木に神が寄り付くという考え方が主流になって居りますが樹木そのものが神と見られている事も多い。お供えする物や祭の主催者が後にまつられる方に昇格するわけです。まずカレンダーを見ると十二月十三日は正月事始めとかススはらい又はお松迎えと書いてあります。正月迄十八日もあるから松は萎(しお)れてしまうし大掃除には早過ぎて又汚れてしまうはずです。なのにどうして十二月十三日なのか考えた事はありませんか。

旧暦で大の月三十日から土用の十八日を引くと十二日残ります。それで十三日は土用の入りの日になるわけです。土用は春夏秋冬各季節の終りに十八日づつを当てられて居りますがこの土用の役目は何か深く考えますと色々な事が浮かんで来ます。

まず土用と言う言葉の意味ですが土気が作用する時季と言うことになります。土の働きには二種の相反する作用即ち万物を載せて育てる作用と万物を殺して土に帰す作用(これは厳密に言えば微生物の働きという事になりますが)とがあります。これを季節の終りに四分割してはさむと言う事は終ろうとする季節を消滅させ次に来る季節を定着させようと考えていると言えます。季節を言い換えれば時間でありますから生物のように育てたり殺したりする事は出来ませんが古代人が季節の順当な変換を願う心から考えた事でありましょうからいちがいに間違っていると断言することは出来ません。

ではなぜ土用に松か又スス払いかという事を考える事にします。ススとは火が燃える時煙と共に発生しますから「火生土」の理によって土であると認識されました。このススは主として天井とか屋根裏などの高い所に付着しています。これを払い落とせば掃除機で吸い取るのと違ってススが雨のように落下して家中がススだらけとなるはずです。それでどうなるかといえば土気の作用によって家の中の冬が消えて無くなると考えたのだと思います。そんなバカなと思われる人もあるでしょうが科学は存在せず呪術を頼りにおそるおそる生きていた時代が永い永い時間続いていたのであります。

本題の松の話に移りましょう。松の字の古い形は木偏に八白と書きました。(大漢和字典)ですから松とは八白土気の木という事になります。八白土気とは何か。方位では丑寅即ち東北に当ります。丑寅とは何か。丑と寅の間と言う事ですが時間の丑の刻とは草木も眠ると言うように真夜中でありましてまだ前日の夜に属しますが寅の刻とは夜明けの始まりで次の日の朝に属します。季節で言えば丑月は冬の終り寅の月は正月で春の始めです。時間の丑寅とは一日の変わり目であり季節のそして一年の変わり目継目であります。「九気密意」(九星の解説書)に継日、相続、変化、小男、改革整理、節、家、山岳、止などの意味が含まれると書いています。季節や年の継日としての象徴が八自の本の松であるわけです。勿論松はその姿形が美しい常緑樹でありますじ寿命が永いなどの理由もありますじ又その樹皮が鱗のような形をしていて手で引けば容易に剥落します(赤松等)。これが古代に神としての蛇の脱皮と同一視されて尊ばれたという理由も積み重ねられていると考えられます。易でいう丑寅(艮(ごん))は自然では山でありますから正月用の松は山に取りに行くというわけで切ると死にますから根つきの状態で取ります(枝はだめ)。飛騨高根村の伝承では五階松を立て中央の枝に二階松を一本結びつけこれを炉端に置くのだと申します。五とは五黄土気の五であり二とは二黒土気の二と推理出来ますから土気づくめの松を炉ばた即ち火生土の理によって土気が山積みの所に置くわけです。雪国の暗く冷たく永い冬を送り帰す呪(まじな)いをこれでもかこれでもかと積み重ねているという事が出来ます。次に現在の松の字はどうかと申しますとこの字を分解すると十八公となります。

土用は十八日間ですから四季の王といわれる土気の樹だとここでも表しているといえるのです。皆さんも既にご存じの「子(ね)の日する野辺に小松の無かりせば千代のためしに何を引かまし」を考えましょう。歌集では季節は春になって居りますから家持の玉等の歌と用様に正月の初子の日の行事であります。

ここで子とは何かを考えましょう。鼠と書かないで子と書くからにはそれなりの意味があるはずです。子(こ)とも理解出来ますが正しくは孳(ふえ)るの略字だということです。易の消息の卦といって十二ヶ月を表示するのがありますが旧十月亥の月は全陰(坤坤)であり旧十一月子の月は(坤震)となっていてこれをもって一陽来復と申します。陽の気が全くなかった(これをもって神無月と言った)。旧十月からわずかだが陽の気が復活した象なので月でみても日でみてもめでたいとされたのです。陰を現在の大人(おとな)とすれば陽は次代を荷う子供です。だからあとつぎの意味のある八白土気艮(人間では小男を表す)の樹松それも小松(若い松)を根付きで引いて来て庭に植えれば家(艮の象意・前述)は安泰子孫繁栄につながると言うわけであります。

少し脱線する事になりますが大伴家持の歌も考えましょう。「初春の初子の今日の玉等手にとるほどにゆらく玉の緒」ですが陽である春正月の子の日(陰で北・冬・水を表し易で坎(かん)と呼び穴・女陰・母胎を表す)に玉(子種を暗示)のついたハハキ(蛇樹・古語拾遺)。男性性器〈蛇の頭は男性性器に似ている〉を暗示)を手にとると生命力がふるいたつ心地が致しますといっているわけです。正月のはじめに陰と陽とが結合(この故に睦月という)して子孫繁栄をうながす呪術が玉等の授与であるといえましょう。

松にもどって能舞台の鏡板には必ず松が画かれます。能という演劇は神や怨霊がからんでいますが八白土気の丑寅を鬼門と呼ぶのと関係があります。年や季節の継目境目である事がアノ世(目に見えない霊魂の世界)とこの世の境としても意識されていたために鬼(目に見えない霊)が出入りする所とされたのであり艮は自然では山を意味しますから丑寅の方角の山が霊の世界である事になり鬼の酒呑童子(艮は小男(童子)を表す)は都の東北の山、比叡山の出身だと言うのです。鬼が牛と同じ角を持ち虎の皮の禅をしているのも丑寅(艮)をふまえて考えられているわけです。

鬼の出てくる正月行事は多い。長谷寺の「だだ押し」は十四日。長田神社の「鬼追い」は十六日。黒石寺の「鬼子祭」は七日。鳳来寺の「鬼踊り」は三日と十四日。等ですがほとんどが夜松明を持って現れます。鬼は姿を現すことを好まない(和名抄)から夜なのであり松明(たいまつ)は照明でもあるが変化継目を表す八白土気としての松であり鬼と同質とみなされる照明なのであります。鬼は隠だと和名抄に書かれていますから鬼が現れる春正月の祭事では一旦現れるが退散させられるすじ立てになっていますから鬼は陰の気冬の象徴とされているように見受けられます。結論丑寅(艮)とは鬼の出処でもありますが松の出処でもあり童児の出処でもあるわけです。

前にも書きましたが京都の祇園祭の稚児は八白土気艮の小男であり鞆のお手火(松明(たいまつ))も同じく八白の木でありまして諸悪の根源暑い夏から爽冷の秋への転換をうながす呪物であり土用の入りの日(旧六月十四日)の祭りなのであります。皆さんはどのように理解して居られるか知りませんが易と五行の法則を鍵とすれば古い昔の間の中の謎が自日の下に晒す如く解ると私は考えています。拙い私の文章では充分理解する事は難しい事でしょうから吉野民俗学で古代を知ろうと思う方に蔵書を開放します。但し赤線を引いたりしていますから見苦しいだろうとは思いますが。

参考
童子と称して垂髪にしているのは公権力から支配され微税されるのを避け鉞(まさかり)を持つのは山仕事を正業としたからか武器としての役目の両方かも知れない。

八卦象徴事物一覧表

八卦象徴事物一覧表

五行配当表

吉野先生著書目録
扇(再刊)五十九年 人文書院 昭和四十五年
祭りの原理 慶友社 昭和四十七年
日本古代呪術 大和書房 昭和四十九年
陰陽五行思想から見た日本の祭(博士号取得論文) 弘文堂 昭和五十三年
蛇 法政大学 昭和五十四年
狐 法政大学 昭和五十五年
隠された神々 講談社現代新書 昭和五十年
日本人の死生観 講談社現代新書 昭和五十七年
陰陽五行と日本の民俗 人文書院 昭和六十三年
陰陽五行と童児祭祀 人文書院 昭和六十一年
易と日本の祭祀 人文書院 昭和五十九年
持統天皇 人文書院 昭和六十二年
大嘗祭 昭和六十二年
山の神 人文書院 平成元年
五行循環 人文書院 平成四年
十二支 人文書院  平成六年
神々の誕生 岩波同時代ライブラリー 平成六年
ダルマの民俗学 岩波新書 平成七年