2013年10月01日

郷土料理「うずみ」について思うこと

備陽史探訪:174号」より

岡田 宏一郎

福山の郷土料理としての「うずみ」は丼と思っているが、しだいに知られるようになってきていて、福山市も普及に努めているため一部の店では「うずみ」をメニューに加えている。具材や味も店によってそれぞれ違っていて上品な味に仕上げている。

具はこ飯をかぶせて隠しているのが特徴。こ飯をのけると具材が見える。

具はこ飯をかぶせて隠しているのが特徴。こ飯をのけると具材が見える。

さて「どんぶり」といえば親子丼かカツ丼が大衆食堂の定番であろう。カツ丼には煮込んだ卵と玉ねぎなどの野菜がとんかつの上に載っているのであるが、この卵がのってなく「とんかつにソースだけ」がかけられている「ソースカツ丼」なる物が福井県などでは当たり前である。だから他県の者がカツ丼を注文すると驚くのである。こうした地域による違う料理法や変わった食材に興味を感じたり違和感を抱いたりする。こうした特集を組んでいるテレビ番組として「秘密の県民ショー」があるが、見ている会員もおられると思う。

さて福山市では「うずみ」が郷土料理となっているが、これも地域性があり旧福山市街地では以前は知らなかったという。また若者は知らなかった、聞いたことがあるが食べたことはない、と言っていた。

うずみとは「うずめ飯」で、さまざまな具材を煮込み井に入れてその上にご飯を載せて具材を隠す料理であることはよく知っていると思っている。

自分は「うずみ」とは松永や沼隈半島一帯で食されていた田舎料理だと思っている。祖母が昔はよく食べていたといって子どものとき時々作ってくれたので、食べていた経験からそう思うのである。

うずみは祭りなどの「ハレの日」には具材を多くして少し贅沢に、平日の「ケの日」では具材も少なく季節に採れるものを多用したもので、農繁期などの忙しい時期に食べるいわば現代のファーストフードのような丼物であると思っている。おかずとご飯が一緒に食べられる便利な食事メニューだからである。

さてこの「うずみ」について「アーカイブスふくやま 第3号」に「伝統的料理『うずみ』を考える」(片岡 智)の記事に目が止まった。

この中に「岡山県川上郡平川村で『茸のうずみ』・『山鳥のうずみ』についての記録がある」と書かれている。これは「山鳥と野菜を油で炒め、醤油と砂糖で味付けした汁にご飯をのせる」とある。また神石郡では「兎の骨付き肉の『うずめ飯』」を食べている例が記述されている。

笠岡市真鍋島では「うずめ豆腐」として豆腐だけをご飯の下に入れたもので、備中での事例が書かれている。これらの例から「備中・備後」でも見られる食習慣で、福山地域だけの郷土料理とは言えないのではないか。

「土屋家日記」(市村の豪農の日記)から「うずみ」の記録を著者は紹介しているのでその一部を書いてみると、弘化四年九月八日「松葉佐大権現祭礼」のとき招待客にうずみを出している。具材としては「海老・豆腐・牛蒡・ねぎ・里芋」である。

安政四年の八月二十五日の氏神祭礼のときには、接待客に「海老・里芋・ねぎ・松茸・豆腐」を具材としたうずみと一緒に他の献立として「鉢(蒲鉾など)・丼(茄子からし漬け)・丼(魚など)・大平(葛摺りいか)丼(畔豆)・吸い物(どじょう)・丼(酢生姜いずし)」を出している。品数も多く、これは大変贅沢な御馳走である。

うずみについてよく言われているのは、江戸時代に贅沢が禁じられたのでそれを隠すために生み出された方法で多くの具材をご飯の下に隠して食べたという伝説めいた話である。

阿部正倫の寛政の改革期に倹約令が出され、それによると祝儀のときは「一汁・一菜・酒・吸い物壱つ・肴二種」とある。(広島県史近世資料編V)

平日家内の会食は「一菜・茶漬・酒・吸い物一つ・肴一種」と触れている。ところが土屋家日記の中には行事で招待客への饗応メニューを見ると守られていないことが分かる。土屋家日記(慶応二年)には、田植え手伝いに来た農民への献立として「鱠皿(わかめ・魚)・平皿(葉付山椒・竹の子・昆布・牛蒡・魚)・御飯・菓子盛(枇杷・牛蒡・湯葉・海老・ひじき・日の上蒲鉾・竹輪)」とあり、多くの品数の御馳走が出されている。

こうした事例から考えると「贅沢を隠す」といわれている理由だけでは納得できない。アーカイブス第3号に書いている著者は具材よりも品数を問題としてうずみは具沢山を隠した汁ご飯だから「一汁・一菜」の分を誤魔化すことができる。「うずみ」を「御飯物」と称すれば「一汁一菜」分を別の品数として増やすことができるので倹約令における品数問題の抜け道が「うずみ」を生み出したのかもしれない。と説明している。

だが自分の考えでは、土屋家に見られるのは豪農の饗応食事であり、一般農民の食事とは違っているのではないか?日常的なささやかな料理に対して祭礼などには多くの具材を使い、飯の下にうずめて隠して食べる楽しみな「ハレの食事」だったのではないか。また日常のいそがしい農繁期には手軽でおかずとご飯を一緒に食べられる便利な「ファーストフードの丼献立」であり、この地方の食文化でもあったのではないか、と思っているのである。

豪農でなく庶民の日常食としてのうずみは「ハレの日」には具材を多くして、少し贅沢にして食べる「うずみ」としてとらえたらどうだろうか、と思ったのである。

うずみについて会員みなさんが聞かれたこと体験したことや反論・異論などをお聞かせ願いたと思っていますのでご意見をお寄せください。

某店の「うずみ」。食べるときは、上の土瓶の出汁をかけて食べる。

某店の「うずみ」。食べるときは、上の土瓶の出汁をかけて食べる。

【引用及び参考文献】
『広島県史近世資料編V』
『土屋家日記(三)』
『アーカイブスふくやま第3号』(伝統料理うずみを考える)

<関連記事>
福山の郷土料理「うずみ」について・その後