2002年1月発行
<目次>
- 中世山城の『縄張』一宮・杉原氏の築城術 田口義之
- 「八箇国御時代分限帳」に見る毛利領国体制の一断面―備後国神石郡の場合― 出内博都
- 毛利元康とその時代 小林定市
- 備後杉原氏の出自について 木下和司
- 茨城、常城に関する一考察 寺崎久徳
- 北京点描 石井しおり
- 歌僧西行と弘川寺 熊谷操子
https://bingo-history.net/archives/6354https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2012/10/2a77cd60fcb71f976e6575dff9a6a8e9.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2012/10/2a77cd60fcb71f976e6575dff9a6a8e9-150x100.jpg管理人備陽史研究2002年1月発行 <目次> 中世山城の『縄張』一宮・杉原氏の築城術 田口義之
「八箇国御時代分限帳」に見る毛利領国体制の一断面―備後国神石郡の場合― 出内博都
毛利元康とその時代 小林定市
備後杉原氏の出自について 木下和司
茨城、常城に関する一考察 寺崎久徳
北京点描 石井しおり
歌僧西行と弘川寺 熊谷操子管理人 tanaka@pop06.odn.ne.jpAdministrator備陽史探訪の会