1月24日【歴史講演会】弥生社会の多様性と有力者出現の背景 開催
『倭人伝』の記述や大型墳丘墓の出現などから、弥生時代には社会の階層化が進んだことが知られていますが、従来の水稲農耕の普及や領地争いによる結果として統合が進んで有力者(首長)が生まれた、と言う従来の解釈は広島の弥生社会には適していなようです。広島県での弥生遺跡の発掘を行ってこられ、その結果から導き出された弥生時代の有力者出現の背景について、広島史学研究会の村田晋先生に講演して頂きました。
https://bingo-history.net/archives/30694https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2026/01/IMG_4151-1024x683.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2026/01/IMG_4151-150x100.jpg活動報告『倭人伝』の記述や大型墳丘墓の出現などから、弥生時代には社会の階層化が進んだことが知られていますが、従来の水稲農耕の普及や領地争いによる結果として統合が進んで有力者(首長)が生まれた、と言う従来の解釈は広島の弥生社会には適していなようです。広島県での弥生遺跡の発掘を行ってこられ、その結果から導き出された弥生時代の有力者出現の背景について、広島史学研究会の村田晋先生に講演して頂きました。Sera taisera@pluto.dti.ne.jpEditor備陽史探訪の会

恒例の総会前の歴史講演会が備後遺族会館で開かれました。今回は最近あまりなかった弥生時代についての講演ということで多くの人が参加されました。田口会長の挨拶、司会の講師紹介で開始です。

講師の村田先生はずっと庄原の佐田谷・佐田峠墳墓群の発掘調査をなされ、その結果からわかったことなどを話されました。

その結果から佐田谷・佐田峠墳墓群にかかわる弥生時代の有力者の出現は、農業生産力の向上や武力衝突に対する結果としてだけでは無く、交易流通の管理が有力者の出現にかかわったのではないか、地域性により様々な形態があると考えた方が良いとの話がありました。

講演後も質問に丁寧に答えていただき有意義なひと時を過ごさせて頂きました。




