大田庄の歴史と石造物を訪ねる旅、参加者募集

大田庄は在地の豪族橘氏が、所領を平家に寄進し、成立した荘園です。世羅郡の東半を占めた庄域には今も往時の遺跡、中でも「石の花」と謳われた中世の石造物が残っています。今回はこの中世石造物をメインに探訪します。

廃万福寺七重石層塔
廃万福寺七重石層塔(県重文)

(実施日)  4月15日日曜日※雨天決行
(集合時間) 午前8時
(集合場所) JR福山駅北口観光バス乗り場
(参加費)   会員2400円、一般2700円
(募集人数) 44名
(講師)    田口義之会長
(申込方法)「行事参加の申込は」のフォームより
(その他)  弁当飲み物持参、歩きやすい服装・靴でご参加ください

(主な探訪予定地)
☆廃万福寺跡…中世の寺院跡、県重文の石層塔や寶篋印塔などがある。
☆神田2号古墳…石扉のある終末期古墳
☆永安寺跡古石塔群…これも中世の寺跡に残る石塔群
☆今高野山…平家滅亡の後領主となった紀州高野山が荘園の政所として創建、数々の文化財がある。
☆久代城跡・石造五輪塔群…大田庄の預所を務めた久代氏の本拠。城跡の傍らに五輪塔群が残る。
☆鳳林寺古石塔群…室町戦国期、付近の山城主であった下見氏、湯浅氏の石塔が残る。

https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2012/04/img_186981_4281211_0.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2012/04/img_186981_4281211_0-150x150.jpg管理人行事案内バックナンバー史跡巡り,行事案内大田庄は在地の豪族橘氏が、所領を平家に寄進し、成立した荘園です。世羅郡の東半を占めた庄域には今も往時の遺跡、中でも「石の花」と謳われた中世の石造物が残っています。今回はこの中世石造物をメインに探訪します。 (実施日)  4月15日日曜日※雨天決行 (集合時間) 午前8時 (集合場所) JR福山駅北口観光バス乗り場 (参加費)   会員2400円、一般2700円 (募集人数) 44名 (講師)    田口義之会長 (申込方法)「行事参加の申込は」のフォームより (その他)  弁当飲み物持参、歩きやすい服装・靴でご参加ください (主な探訪予定地) ☆廃万福寺跡…中世の寺院跡、県重文の石層塔や寶篋印塔などがある。 ☆神田2号古墳…石扉のある終末期古墳 ☆永安寺跡古石塔群…これも中世の寺跡に残る石塔群 ☆今高野山…平家滅亡の後領主となった紀州高野山が荘園の政所として創建、数々の文化財がある。 ☆久代城跡・石造五輪塔群…大田庄の預所を務めた久代氏の本拠。城跡の傍らに五輪塔群が残る。 ☆鳳林寺古石塔群…室町戦国期、付近の山城主であった下見氏、湯浅氏の石塔が残る。備後地方(広島県福山市)を中心に地域の歴史を研究する歴史愛好の集い