2月バス例会のご案内
西播磨に備後の原景を見る
~感状山城、赤穂、若狭野古墳を中心に~
【趣旨・目的】
備後古代史最大の謎は尾市古墳などの終末期古墳の存在です。備後の古墳文化が後期から終末期になると最盛期を迎えるのは「吉備」の周辺に位置するから、という説がありますが、この点、兵庫県西南部の西播磨は備後と極めて似通った古代史をもっています。その象徴が今回訪れる「若狭野古墳」です。この古墳は7世紀半ばの築造といわれ、福山周辺の終末期古墳に相当します。皆さん自身の自で備後の古墳と見比べて<ださい。
メインの一つ「感状山城跡」の石垣も注目の遺跡のひとつです。備後は戦国後期に石垣作りの城が全国的にも早めに築かれた場所で、この城の石垣と新市の相方城、備北の篠津原雲井城等の石垣と比べていただきたいと思います。「石垣は安土城から」という常識は、備後と播磨の戦国山城から崩れ去る可能性があります。さらに、今回訪ねる相生市矢野町は、「悪党」寺田法念で有名な東寺領「矢野庄」の故地でもあります。矢野庄は備後ともかかわりが深<、『東寺百合文書』に「守護山名弾正殿(備後守護山名是豊)、守護被官下見加賀守、守護使阿倍野(沼隈郡の土豪)」などの名前が頻出します。加算守などは矢野庄の代官職を競望し東寺の拒否にあっています。私たらが500年後にこの地を訪ねるのも意義のあることでしょう。また、あまり知られていませんが、最後に訪れる赤穂は福山と深い関係があります。松永塩田の開発者、本庄重政は大石氏と親交があり、重政は赤穂の製塩技術を導入したのです。それを知った上で赤穂を探訪すると、また違った見方もできるのではないでしょうか。
《実施要項》
【実施日】 2月15日(日) 雨天決行
【集合時刻】午前7時45分(8時には出発します)
【集合場所】福山駅北口観光バス停留所
【講師】  田口義之会長
【参加費】 3800円(貸切バス代など実費)
【募集人数】44人
【申し込み】事務局へ電話・FAX(O84-953-6157)で
【その他】 弁当・飲み物は各自持参。登山に適した靴で参加して<ださい。
※雨天の場合は、コースを変えて実施します。その場合は別に実費を徴収します。
【主な探訪予定地】
・感状山城跡(相生市矢野町血生)・‥鎌倉時代に瓜生氏が築城したと伝える中世山城。南北朝初期、赤松円心がこの城に拠って新田義貞の軍勢を防ぎ、足利尊氏から「感状」を与えられたことにより感状山城と呼ばれるようになったという。安土城以前の総石垣作りの城として国指定史跡となっている。
・瓜生、石の羅漢(相生市矢野町瓜生)・‥感状山城の麓に所在、室町時代の作といわれる。矢野庄時代の貴重な遺物の一つ。
・若狭野古墳(相生市若狭野町)…切石造りの精美な横穴式石室で、羨道が玄室の長辺に付<という極めて特徴的な構造をもつ。墳丘には尾市古墳と同様「外護列石」が残る。7世紀半ばの築造と推定。兵庫県史跡。
・東有年沖田遺跡(赤穂市東有年)…縄文後期から室町にかけての複合遺跡。と<に弥生後期の大型竪穴住居や古墳時代後期の竪穴住居は重要な遺構で、当時の住居を再現、遺跡公園となっている。兵庫県史跡。
・赤穂城跡(赤穂市加里屋)…福山城と同じ<、元和堰武の後、本格築城された城郭で、縄張りは変形輪郭式。本丸と二の丸が輪郭式に配され、その北側に三の丸が梯郭式に置かれている。昭和・平成と櫓門・塀等が再建されたが、現在も二の丸庭園が復元中。

申込・問合せ先
〒720―0824 福山市多治米町5-19-8
備陽史探訪の会事務局
電話・FAX O84(953)6157