近世近代史

向島西村出身の「安保清康」と「日露戦役記念碑」にある「清種」について  (2016年4月1日)

シリーズ 川筋を訪ねて(福山市内の河川の歴史・痕跡)  (2015年4月1日)

榎木峠(福山市北美台・高見台・藪路大峠)  (2014年6月1日)

高諸神社の石造物について(福山市松永町)  (2014年6月1日)

失われた河川を辿って(福山城下西側の水路の痕跡)  (2014年4月1日)

尾道酢と酢徳利について(業者の盛衰と流通の範囲)  (2014年4月1日)

千田村の辻堂(四ツ堂)(福山市千田町)  (2014年4月1日)

干拓地に建てられた手城堂についての考察(福山の四ツ堂)  (2014年4月1日)

「郷土料理・うずみ」によせて  (2014年2月1日)

福山藩水野氏の石高の変遷―備陽六郡志より―  (2014年2月1日)

久松用水と葦陽用水を遡る  (2014年2月1日)

藪路大峠に残る牛馬の供養碑と両備軽便鉄道の橋脚  (2014年2月1日)

福山の郷土料理「うずみ」について・その後  (2013年12月1日)

新田を潤した上井出川と下井出川(福山藩の新田開発と灌漑用水)  (2013年12月1日)

遍照閣顛末記(倒壊した薮路街道のお堂)  (2013年12月1日)

水野勝成入封時の福山湾の地形  (2013年12月1日)

聞書き「蛇円山物語」(消滅した野呂往還の集落)  (2013年12月1日)

郷土料理「うずみ」について思うこと  (2013年10月1日)

庄屋矢田重宗(元禄検地と松平忠雅時代の嘆願)  (2013年10月1日)

手城川流域を歩く(新田開発の痕跡と天当神社)  (2013年8月1日)

引野の梶島山に四ツ堂があった(新発見!)  (2013年8月1日)

福山市の黎明は佐波浄水場にあり  (2013年8月1日)

松永地域の出身力士について(福山市松永町)  (2013年8月1日)

芦田川の砂堰の跡(芦田川氾濫対策攻防の石柱)  (2013年6月1日)

福山城の御用米蔵について(五千石蔵に収められた一万石の謎に迫る)  (2013年6月1日)

鶴ヶ橋と横尾界隈(交通の要衝・陸軍大演習の逸話)  (2013年4月1日)

尾道の山根(屋)系石工と石造物について(狛犬を中心に)  (2013年4月1日)

酒井山城守重澄(徳川家光小姓の末期)  (2013年2月20日)

蓮池川の三枚橋(吉津川に架かる佐藤吉助の功績)  (2013年2月1日)

福山南部の干拓における矛盾について(野上新開と福山沖新田)  (2012年8月1日)

福田別所砂留(2)  (2012年8月1日)

福田別所砂留について  (2012年6月1日)

郷愁の鐵路「消えた尾道鉄道」  (2012年4月1日)

街歩きが好き!「頌徳碑・記念碑」に目が点になる!(向島の除虫菊)  (2012年2月1日)

備後南部の金融機関の設立と変遷について(尾道編)  (2011年12月1日)

備後南部の金融機関の設立と変遷について(福山編)  (2011年10月1日)

石井氏と鞆石井町の語源について(鞆下着と古志氏との関係)  (2011年8月1日)

備後南部の金融機関の設立と変遷について(松永編)  (2011年8月1日)

福山上水道と井戸の謎(旧上水道残滓の思い出)  (2011年6月1日)

備後の神嶋村伝説2(万葉の神嶋は備後にあったか?)  (2011年4月1日)

明治三十八年の今津村役場「上司往復書」の解読報告  (2011年2月1日)

鞆津 寺院の変遷(江戸時代と現代を比較して)  (2011年2月1日)

備後の神嶋村伝説1(万葉の神嶋は備後にあったか?)  (2011年2月1日)

引野梶島山の首無地蔵の首が還ってきた  (2010年12月1日)

昭和天皇と正戸山(陸軍大演習の痕跡と社会情勢)  (2010年12月1日)

戸出用水と「石塔さん」(信岡祐義の頌徳碑)  (2010年10月1日)

鞆城跡(福山市鞆町後地)  (2010年9月1日)

没落の謎(備後から長州に移った渡辺氏と法華寺騒動)  (2010年6月10日)

宝篋印塔の変遷と刻經の内容(福山市内三寺院を比較して)  (2010年2月9日)

それからの水野氏(水野勝長の結城藩立て直し)  (2009年4月10日)

元禄検地帳正文の謎(福山藩検地帳の行方)  (2007年10月18日)

岩山観音堂由来記(蔵王山麓の水野家菩提寺建設計画・巖山大悲閣)  (2007年8月10日)

疑史 草戸千軒(封殺された大水害の研究)  (2007年8月10日)

亀山天皇伝承(備後の男子が天皇になった伝承)  (2007年4月19日)

福山で一番冷遇されてきた人物(住持頼秀と明王院)  (2007年2月9日)

暁部隊と備後護国神社(福山空襲に対空砲火はあったのか?)  (2007年2月8日)

有地男爵の回想録(長州軍から見る福山藩攻略の実態)  (2006年4月15日)

戊辰福山城攻戦(長州軍との和平は成立したか?)  (2005年12月15日)

横尾町備忘録(藪路街道に残る歴史の足跡)  (2005年6月15日)

菅茶山の「筆すさび」と「平栗」について  (2004年2月16日)

備後を造った人々(壱)(水野勝成・阿部正弘と吉備太宰石川王)  (2004年2月16日)

千間土手の五間樋稲荷神社について  (2003年6月14日)

草戸千軒を巡る謎(大洪水伝承と草戸村の石高推移)  (2003年2月8日)

明王院の四石碑(草戸の石碑に刻まれた碑文について)  (2002年6月15日)

福山地方の日蓮宗文化財  (2001年10月13日)

三相撲取りの碑(福山出身の力士について)  (2001年8月20日)

女子大学をつくった備後の人々  (2001年8月20日)

益田氏の系譜について(石見への土着から現代まで)  (2001年6月16日)

ある神宮寺の歴史を探る―八幡山宝寿院の場合―(福山市千田町)  (2001年4月17日)

在郷町横尾にあった女の館「さしや」について(福山市千田町)  (2001年4月7日)

永井氏由来(甲奴郡総領町龍興寺文書)  (2001年1月13日)

福山市西域の史跡―中・近世山陽道を歩く―  (2000年10月21日)

福山北部の史跡 其の一 ―古代山陽道を歩く―  (2000年10月21日)

福山市東部の史跡  (2000年10月21日)

備後の祇園信仰~新市町の素戔鳴神社と鞆の沼名前神社を訪ねて~  (2000年10月21日)

沼隈半島を歩く  (2000年10月21日)

坂本龍馬といろは丸事件  (2000年8月26日)

元禄検地~備前藩の切れ者 津田左源太~  (2000年7月2日)

笠岡の町(古代~近代歴史覚書)  (1999年12月18日)

石田三成の書状―福山城伏見櫓の真実―  (1998年12月5日)

銀行の話(福山市の金融の歴史)  (1998年12月5日)

江戸の面影 丁谷探訪(神辺町に残る伝説の跡)  (1998年6月13日)

神辺町(旧中条村)『一対川』の名称について  (1998年6月13日)

街道に眠る馬の供養塔と俚謡『藪路天神坂馬殺し』(福山市千田町)  (1998年2月7日)

深津市の栄枯盛衰 えびすさんはいま琴平におわす  (1998年2月7日)

悪代官伝承(福山藩天領時代の三代官について)  (1997年8月9日)

産業考古学事始め―鞆鉄道の軌跡を歩く―  (1997年8月9日)

地神塔のいろいろ(地神さん)  (1997年6月14日)

郷土史の謎に挑戦(神島村・草戸千軒・福山城・野上村)  (1997年4月19日)

福山藩における亨保の大飢饉  (1997年2月8日)

尾道ベッチャー祭り 迫る鬼…号泣・歓声(由来と歴史)  (1996年12月7日)

土俗信仰としての盃状穴遺跡について(福山市千田町を例として)  (1996年11月9日)

路傍の石仏に思う(福山市千田町八十八ヶ所を中心に)  (1996年8月24日)

唐尾山八十八箇所(福山市神辺町下御領国分寺裏山)  (1996年8月24日)

洗谷八千年史(縄文から近世まで・福山市水呑町)  (1996年6月29日)

千田村の宮座証文について(権利の性格・変遷)  (1996年6月22日)

蔵王はね踊り勇壮愉絶に踊りゆく(福山市蔵王町)  (1995年12月9日)

承応事件と明王院(徳川家光奉祀と偽作史料)  (1995年10月14日)

近世村落財政こぼれ話―村人にとって一両とは… ―  (1995年6月17日)

雨乞法界石(福山市水呑町 日蓮宗の法界塔について)  (1995年4月9日)

近世村落の財政運営の一断面―千田八幡社建立目録の場合―  (1995年4月9日)

中津藩の代官支配について―神石郡小畠代官所の場合―  (1992年7月18日)

福山城を描きながら―私説福山城―  (1987年5月10日)

鴨方のソーメン作り今昔(そうめんの歴史)  (1985年8月30日)

畳表今昔(福山市沼隈町・備後表を例にして)  (1985年8月11日)

福山の建物三十年史(二)(昭和40年代)  (1985年5月25日)

座談会『戦前の福山』(近代福山歴史秘話)  (1985年5月25日)

福山の建物三十年史(一)(昭和30年代)  (1985年3月16日)

とんど祭りの変遷(福山市)  (1985年3月16日)

福山の「とんど」について  (1985年1月20日)

わが町 日本鋼管とともに(4)  (1984年5月30日)

わが町 日本鋼管とともに(3)  (1984年3月11日)

わが町 日本鋼管とともに(2)  (1984年1月20日)

わが町 日本鋼管とともに(1)  (1983年11月20日)

「炉(たたら)製鉄」と「近代製鉄」  (1983年8月30日)