2013年06月22日

中世石造物調査(悟真寺周辺)【報告】6月22日

6月22日、福山市沼隈町上山南の悟真寺周辺の中世石造物調査を行ないました。

前日まで降り続いた雨も止み、蒸し暑いながらも天気に恵まれて、16名の方が参加されました。


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最初に悟真寺のご住職より、寺の由来などについてご説明いただきました。何度か無住になるなど、寺勢には紆余曲折あったとのことです。

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まず、寺の麓にある無縁墓地を調査します。

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宝篋印塔の笠がありました!

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他にも五輪塔の残欠などがあります。

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続いて、裾のにある五輪塔を調査します。

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再び寺に戻って…

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本堂の脇にある無縁墓地。九輪塔のような妙な組み合わせの石造物があったりします。

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裏山には戦国時代末期から近代にかけて、この地域に大きな影響力を持った桒田一族の墓があります。

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他にも裏山には五輪塔の残欠やら、大きな一石五輪塔やら…

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不思議な五輪塔?もありました。

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こちらは、宝篋印塔の組み合わせでしょうか?

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以上で悟真寺周辺の調査は終了なのですが、せっかくなので近所の延広神社の鳥居を見学しました。福山市で最古の元和2年(1616年)に銘があるのですが、本当にそんなに古いのだろうか…という疑問の声もチラホラ。

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まだ時間がありましたので、福山市熊野町の常国寺の調査も行うことになりました。

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寺の麓には3ヶ所に無縁墓地がありました。

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よく見ると、物凄い数の一石五輪塔が並んでいます。全部で100基以上はあるでしょうか…

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常国寺の本堂です。

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本堂脇にある日親上人像。凄まじい拷問を受けても自説を曲げなかった人であったとか、話に花が咲きます。

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裏山を登り…

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戦国時代にこの地方を支配していた渡辺一族のものと伝わる墓があります。

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そして、山頂にある伝足利義昭の供養塔に向かいます。

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中央の宝篋印塔の残欠が足利義昭の供養と伝わるもの。戦前までは塔身なども残されていたそうですが、噂では戦時中に子どもたちが「この逆賊めえ~」と谷に蹴り落としたとかなんとか…
 
といった感じでこの日の調査は順調に終了しました。