服部Aコース

◆全長 3.3km ◆探索時間 2~3時

ゆるキャラ(仮)

古墳ロード探索順路

①JR近田駅

↓ 400m(徒歩7分) (トイレ有り)

②最明寺跡(福山市駅家町中島)

最明寺跡

遺跡名は、北lkmにある最明寺の故地と伝えられていることから名付けられました。中世のころに寺が建っていた可能性はありますが、採集された奈良時代の瓦が備後国府跡推定地(府中市)や備後国分寺跡(神辺町)から出上したものと同じ文様で、すぐ南側の切通しを古代山陽道が通っていたことや、最明寺の山号が「馬宿山」であることなどから、古代には「駅家(品治駅)」があったと考える説が有力です。中・近世の石塔類もあり、各時代の複合遺跡といえます。

↓ 800m(徒歩15分)山の小道 車通行不可

③県史跡二子塚古墳(福山市駅家町中島・新山)

県史跡二子塚古墳

古墳時代後期に造られた全長68mの前方後円墳で、前方部と後円部の両方に横穴式石室があります。後円部にある石室は巨石で造られた長大なもので、中から組み合わせ式石棺や多数の上器、馬具、大刀の柄飾り等が発見されました。墳丘、石室ともに県内最大級の規模を誇り、広島県を代表する古墳として県史跡に指定されています。

↓ 150m(徒歩3分) 車通行不可

④池ノ内遺跡群(福山市訣象町中島)

池ノ内遺跡群

弥生ヶ丘住宅団地の造成に伴って行われた発掘調査で、弥生時代の堅穴住居跡約30軒、古墳時代の円墳4基、壺棺墓2基などが発見されましたも堅穴住居跡からは弥生土器と共に石鏃・石斧・石包丁などの石製品が出土し、古墳からは須恵器・土師器・馬や家などをかたどった埴輪(形象埴輪)・円筒埴輪などが出土しました。

↓ 700m(徒歩13分) 小山田切池(トイレ有り)

⑤宝塚古墳(福山市駅家町新山)

宝塚古墳

宝塚古墳(県遺跡台帳では「小山田東第8号古墳」)は、直径約15m、高さ約3mの円墳です。南側に横穴式石室の入口が見えています。遺体を納める部分(玄室)は、側壁に大きな石を3~4段積み重ねていて、長さが約5.5m、幅2.3m、高さは2.3mあります。通路である羨道は、長さが1.9m以上、幅1.4m以上で、この地域では比較的大きな石室です。出土遺物としては、鉄刀・馬具・須恵器などが伝えられています。これらの年代から、この古墳は六世紀後半に造られたと考えられます。

↓ 500m(徒歩12分) 八幡神社(トイレ有り)

⑥最明寺板碑(福山市駅豪町中島)

最明寺板碑

板碑(いたび)は鎌倉時代から江戸時代にかけ、主に供養を目的に建てられた板状の塔婆をいいます。この板碑は時宗のもので、本体の高さは約1.8m、幅は75cm、厚さは約10cmあります。中央に「南無阿弥陀佛」の名号、向かって右に「光明遍照 十方世界」と施主名「順阿彌陀佛」、左には「念佛衆生攝取不捨」と建立年月日の「延文二年(1357年)七月十七日」が刻まれています。この板碑は近くの二子塚古墳の石棺の側石(凝灰岩製)を転用したものと思われ、非常に珍しいものです。

↓ 200m(徒歩5分)

⑦権現古墳(福山市駅家町中島)

権現古墳

権現古墳は、南に延びる小丘陵の先端に築造されています。現在は墳丘が流出して、主体部である横穴式石室の天丼石が露出し、天丼石の上には熊野神社の社殿があります。墳形は不明ですが、切断された丘尾の規模や横穴式石室の大きさから直径15mを超える円墳の可能性があります。石室内はほとんど埋まっていますが、現状での規模は玄室の長さ3.2m、幅1.5mで、羨道は側壁と考えられる石列が南西に延びています。出土遺物は確認されていません。横穴式石室の形態から六世紀後半頃の古墳と推定されます。

↓ 400m(徒歩9分)

⑧お糸の像

↓ 100m(徒歩2分)

⑨服部大池

↓ 1km(バス5分) (トイレ有り)

⑲JR駅家駅

地図

コース案内