五月バス例会の御案内
安芸灘の潮風に吹かれて
―三之瀬(下蒲刈島)と御手洗(みたらい・大崎下島)を訪ねる―

五月のバス例会は、呉市の下蒲刈島と大崎下島を訪ねます。両島は風待ち潮待ちの港として、西国諸藩の船などが停泊し大変賑わった島です。御手洗に今残る江戸、明治、大正、昭和の古い町並みは、平成六年に県内では竹原市に続いて「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」に選定されさらに、平成十九年には鞆の浦などとともに、「美しい日本の歴史的風土百選」にも選ばれました。
島には、「御手洗」の知名に由来する菅原道真の伝承から、維新の志士の碑など、数多くの史跡があり見所は豊富です。五月の安芸灘の、爽やかな潮騒のもと、ご参加をお待ちします。(当日の案内役・種本実)

【実施要綱】
《実施日》五月十六日(日)少雨決行
《集合時間》午前七時三十分
《集合場所》福山駅北口観光バス乗り場
《参加費》会員三三〇〇円 一般三五〇〇円
《申込み》早めにメールで
《その他》昼食持参、歩きやすい服装で 島は「大長みかん」でも有名です。お土産にどうぞ。

主な見学地(白雪楼以外は御手洗)
・白雪楼(下蒲刈町三之瀬)―御手洗へ行く前に訪ねる。江戸後期に、沼隈の豪農山路家に由来する、かつては漢学研鑚の場であった楼造り(二階建て)の建物。明治二十五年に竹原の頼本家に移され、平成五年に下蒲刈町に寄贈移築したもの。抹茶を頂きながら、壁が回転する珍しい「どんでん返し」を見学する
・天満宮―菅原道真が大宰府に流される途中、島に上陸し手を洗ったという伝承により、「御手洗」の地名がついたという。井戸や歌碑が現存。
・金子邸―慶応二年に薩長連合が成立し、翌年、長州藩と広島藩が倒幕のための「御手洗条約」を結んだ所で、坂本龍馬や中岡慎太郎も訪れたという。
・若蛭子屋跡(わかえびすやあと・県重要文化財)―享保九年、広島藩から御茶屋の免許を受けた頃に建てられた、御手洗を代表する建物。最盛期には百人以上の遊女を抱えていたという。
・七卿落遺跡(県重要文化財)―元治元年、蛤御門の変で長州軍が幕府軍に敗れたあと、入京を目指していた三条実美など、五人の公卿が長州に逃れる途中に宿泊した庄屋の屋敷
・船宿―西国の諸藩の参勤交代の船などが寄港した際に、船の一切の世話をした場所。宇和島藩と大洲藩などの指定の船宿跡が残る。
・満舟寺―巨大な境内の石垣は、豊臣秀吉が四国攻略の際に,加藤清正に築造させたという。「乱れ築き」「布目築き」の石組が見られる。扁額は琉球使節が残した筆跡。珍しい亀趺(きふ)形の墓や、芭蕉を偲ぶ句碑がある。
・星野文平の碑―御手洗の出身の星野文平は、江戸に上って昌平校に学んだ。高杉晋作ら諸国の志士と交わり活躍したが、文久三年二月、切腹したところの傷が破れ、二十九歳の若さで没した。
・常盤町通りー江戸時代の雰囲気を残して保存された町並み。ここが、御手洗の重伝建のメインの通り。切妻、または入母屋造りの白漆喰の家屋が並んでいる。二階には大きな木格子の窓が付けられているなど、凝ったつくりの家屋もある。
・潮待ち館―旧家を保存した家屋で町の情報センターである。
・旧柴屋―御手洗町年寄役を代々勤めた高橋家(屋号柴屋)の別宅の一部。文化三年に伊能忠敬が大崎島の測量をした時に宿舎にし、その足跡の地図や文献などが残る。広島藩主が来島した時の本陣としての役割も担っていた。同家ではNHKのテレビドラマ「火の魚」のロケが行われた。