2016年07月02日

びんご歴史クイズ17【回答】

いっちゃん回答

 今回の会長からの挑戦状!?は大変たくさんの!回答を頂きました!ありがとうございます。

……ですが、いきなりのラスボス登場だったので、かなり難しかったようです。あわや全滅か…と思いきや、引っ掛け問題も何のその、見事全問回答、でました! おめでとうございます!ぶら探訪チケット送らせていただきます。

今回惜しくもはずしてしまった方々も次回!ぜひ挑戦してくださいね。

さて、解説です。

帝釈峡遺跡群はカルスト地形の帝釈峡一帯に分布する旧石器から縄文時代にかけての遺跡群です。 備後の国人で幕府奉公衆であったのは宮・杉原・三吉・大和・伊勢の五氏です。これは二番目にまちがいが多かったです。

福島正則の支城で備後国内に設けられたのは、三原・三次・東城・神辺・鞆の五箇所です。三次では比熊山城は廃され、その出城小丸積山が支城に取り立てられ「尾関山城」となりました。

福山の近代上水道の水源は「熊野水源地」で、元あった「論田池」を拡張したものです。さすがにまちがいは少なかったですね。

そして、一番まちがいが多かったのは⑤でした。片山病の病原を解明し、その撲滅に貢献したのは吉田龍造(大正~昭和)で、有名な人です。が、片山病は風土病であると発見したのは江戸時代の沼隈郡山手村の医者藤井好直です。「片山記」を著したことで知られていますね。そしてその病気の研究を初めてしたわけですが、原因まで解明できましせんでした。

<正解は赤色です>


① 帝釈峡遺跡群の主な立地は?

  • イ) 河岸段丘
  • ロ) 洞窟・岩陰
  • ハ) 丘陵斜面
  • ニ) 山頂

② 次の備後国人衆の内、室町幕府奉公衆でなかった者は?

  • イ) 宮氏
  • ロ) 山内首藤氏
  • ハ) 杉原氏
  • ニ) 三吉氏

③ 次の城跡の内、福島正則が支城として取り立てたのは?

  • イ) 相方城(福山市)
  • ロ) 比熊山城(三次市)
  • ハ) 尾道城(尾道市)
  • ニ) 五品嶽城(庄原市)

④ 福山上水道の水源となった池は次のうちどれでしょう?

  • イ) 論田池
  • ロ) 瀬戸池
  • ハ) 瀬戸池
  • ニ) 春日池

⑤ 片山病を風土病として初めて研究した医者は誰でしょう?

  • イ) 窪田次郎
  • ロ) 吉田龍造
  • ハ) 寺地舟里
  • ニ) 藤井好直