中世史

大東宇山城跡測量調査結果(福山市神辺町・井原市高屋町)  (2014年8月1日)

備中高松城水攻戦 ~地名から見た水攻め~  (2014年6月1日)

畝状竪堀群について  (2014年6月1日)

古志・有地両氏間の境界係争地の年代  (2014年4月1日)

伝承と史実の間―郷分町の青ヶ城を例に―  (2014年4月1日)

備後宮氏とその庶子家(下野守家、上野介家を整理する)  (2014年4月1日)

進化する縄張図―山手町の銀山城を例に―  (2014年4月1日)

「石成庄上村武守名内即分田畠坪付」文書考察  (2013年12月1日)

山名是豊の備後守護補任時期を廻って  (2013年10月1日)

偽文書の話(『山内首藤家文書』の疑問)  (2013年10月1日)

「備中清和寺文書」下野守寄進状  (2013年8月1日)

石成庄(福山市神辺町・加茂町・研究のまとめ)  (2013年6月1日)

山名理興出自について(理興は石見守護家「彦次郎」か?)  (2013年4月1日)

足利義昭と「料所」(毛利氏進上の長和二百貫)  (2013年4月1日)

藤尾・父尾銀山間歩の位置確認(GPS測定調査)  (2013年2月1日)

杉原下総守家と高須杉原氏について  (2013年2月1日)

国府城について(備後国府城と八尾山城)  (2013年2月1日)

中世山城の「城名」(矢不立城と旗返山城を例にして)  (2012年12月1日)

足利義昭と備後(福山動座時代の活動について)  (2012年10月1日)

鞆大可島城と村上亮康(大内義隆の偽文書と村上水軍の鞆支配)  (2012年8月1日)

石造物の実測方法について(宝篋印塔を測定してみる)  (2012年7月25日)

中世石造物の地方色(備後地方の宝篋印塔を中心に)  (2012年6月1日)

三人の山内豊通(豊成・直通・豊通の実名比定を考える)  (2012年4月1日)

草戸山城跡について(福山市草戸町松茸山)  (2012年4月1日)

銀山城の語源(福山市山手町・語源は「しろがみね」か?)  (2012年2月1日)

古志豊綱の活躍年代(吉信は豊綱の養子か?)  (2012年2月1日)

福山の中世石造物(時代別紹介)  (2012年2月1日)

「永禄諸役人付」に見える三吉安房守隆亮について  (2011年12月1日)

近江観音寺城  (2011年12月1日)

桜山城と桜山四郎入道(桜山氏は宮氏の一族か?)  (2011年10月27日)

大内山城と皆内氏(福山市神辺町竹尋)  (2011年10月12日)

仁井山城と仁井氏(福山市坪生町)  (2011年10月5日)

備後国神村庄について(御調郡説と沼隈郡説を比較する)  (2011年10月1日)

備後国人・福田理昌考(美作での活躍について)  (2011年10月1日)

小早川隆景初陣の場所、「坪生要害」清水山  (2011年9月21日)

穴の海に浮かんだ海賊城、手城島城址  (2011年9月13日)

元就の八男、元康の築いた王子山城址  (2011年9月9日)

畝状竪堀群の残る矢栗城跡(福山市沼隈町)  (2011年9月2日)

典型的な土居城、山南丸山城址(桑田氏の居城・福山市沼隈町山南)  (2011年8月30日)

光照寺の山城か、備後森脇山城(福山市沼隈町)  (2011年8月26日)

尾根道の先端を占めた中野天神山城(福山市加茂町中野)  (2011年8月25日)

謎の国人岡崎一族(岡崎四郎義実末流の伝承について)  (2011年8月24日)

宿久茂塚と有地玄蕃(福山市芦田町福田)  (2011年8月16日)

神辺平野の館城、岩崎(石崎)城跡(福山市駅家町中島)  (2011年8月12日)

福山市駅家町の椋山城址(備後守護土肥実平後裔の城)  (2011年8月10日)

古墳を利用した城砦、備後小井城(小糸城・福山市駅家町法成寺)  (2011年8月9日)

石井氏と鞆石井町の語源について(鞆下着と古志氏との関係)  (2011年8月1日)

久代宮氏の所領(一次史料に見る久代宮氏の領地について)  (2011年8月1日)

山手杉原氏考(山手杉原氏はなぜ「山手」なのか?)  (2011年6月1日)

「比志島文書」備後城山について(「しろやま」と「きのやま」)  (2011年6月1日)

道上(道の上とも)地名の考察(福山市神辺町の条里制地名)  (2011年4月1日)

久代殿―宮弾正利吉の物語―(東城西城の起源について)  (2011年4月1日)

杉原盛重の謎(宗岡氏出身説を考える)  (2011年2月16日)

密書(参)(毛利元康宛毛利輝元書状)  (2010年12月1日)

日熊塔(ひぐまとう)(新市町上安井・延文元年の宝篋印塔)  (2010年12月1日)

今大山城の城名について(判明した遍照寺山城の山号)  (2010年10月22日)

今大山城の発見(遍照寺山城・備後有数の中世山城)  (2010年10月6日)

広島県の中世山城(1)(吉野健志氏講演まとめ)  (2010年10月1日)

密書(弐)(毛利元康宛毛利輝元書状)  (2010年10月1日)

古文書を読み解く楽しみ2(山手銀山城は高須氏が相続したか?)  (2010年10月1日)

光照寺(福山市沼隈町大字中山南)  (2010年9月1日)

鞆 本願寺(福山市鞆町後地)  (2010年9月1日)

御領堀館跡(福山市神辺町大字上御領)  (2010年9月1日)

大原石塔群(福山市山野町大原)  (2010年9月1日)

御殿山(福山市津之郷町本谷)  (2010年9月1日)

相方城跡(福山市新市町大字相方)  (2010年9月1日)

清水山古戦場(福山市坪生町一丁目)  (2010年9月1日)

鞆城跡(福山市鞆町後地)  (2010年9月1日)

大可島城跡(福山市鞆町鞆)  (2010年9月1日)

神辺城跡(福山市神辺町大字川北・川南)  (2010年9月1日)

草戸千軒町遺跡(福山市草戸町)  (2010年9月1日)

桜山城跡(福山市新市町大字宮内)  (2010年9月1日)

正戸山城跡(福山市御幸町大字上岩成)  (2010年9月1日)

古文書を読み解く楽しみ(毛利氏の杉原盛重抜擢の謎)  (2010年8月10日)

密書(壱)(毛利元康宛毛利輝元書状)  (2010年8月10日)

神辺城と山名丈休(朝山景連と古城山の謎)  (2010年6月10日)

片山城発見記(福山市神辺町・伝説の城は存在するか?)  (2010年4月9日)

神辺、古城山の謎(黄葉山城との関係を考える)  (2010年4月9日)

偽りの明王院寺史(封印された開基者頼秀)  (2010年2月9日)

宝篋印塔の変遷と刻經の内容(福山市内三寺院を比較して)  (2010年2月9日)

利鎌山城と福田氏(福田氏滅亡説を考える)  (2009年12月10日)

京都の大覚寺文書と末寺明王院(捏造された寺伝について)  (2009年10月9日)

志川滝山合戦と芋原の大スキ(伝説と茨城説・陣城説)  (2009年10月9日)

鞆地蔵院の大般若経(羽柴秀吉の医師・竹田法印奉納)  (2009年6月4日)

大谷城と有地隆信(福山市芦田町・有地氏の謎)  (2009年6月4日)

牧野島兵庫守の墓(伝墓真木嶋玄蕃頭昭光墓に刻まれた碑文)  (2009年4月10日)

赤城と太田垣氏(尾道市東則末町・、守護所尾道を守る城)  (2009年4月10日)

尾道市木之庄町 鷲尾山城と木梨杉原氏  (2009年2月27日)

偽書「真瀬中条記」(現代に登場した真瀬氏の文書)  (2009年2月18日)

宗碩の『月村抜句』(中世福山文化不毛論の誤り)  (2008年10月10日)

大町山城と井上大炊介(広島県尾道市西藤町)  (2008年9月26日)

怪談「ややが火」(神村城主石井又兵衛側室「阿良」の悲話)  (2008年8月7日)

胎蔵寺本尊「釈迦如来坐像」胎内経の記載をめぐって  (2008年6月10日)

近田堀の土居城と近田宗左衛門(堀の内城・福山市駅家町近田)  (2008年6月10日)

備後宮氏の居城、泉山城址(福山市服部本郷・駅家町雨木)  (2008年5月27日)

足利義昭の側近、槇木島昭光の居城(神島城・福山市神島町古城山)  (2008年5月9日)

甲谷城と宮信定(福山市熊野町)  (2008年4月1日)

川上城と村上氏(福山市赤坂町)  (2008年3月1日)

串山城と田辺氏(福山市津之郷町)  (2008年2月1日)

赤柴山城と藁江氏(福山市赤坂町)  (2008年1月1日)

文雅大名毛利元康(連歌と文芸)  (2007年12月10日)

青ヶ城と皆内氏(福山市郷分町)  (2007年12月1日)

神辺の原点村尾郷(捏造された神辺城の歴史)  (2007年10月10日)

殿奥城跡(芦田町下有地)  (2007年10月1日)

志川滝山城跡(福山市加茂町北山)  (2007年9月1日)

杉原景盛討滅と杉原氏「家中」(盛重の相続争いと毛利氏の狙い)  (2007年8月10日)

神辺城跡(福山市神辺町川南)  (2007年7月1日)

渡辺先祖覚書(草戸千軒から発掘された渡辺氏の居館)  (2007年6月15日)

明王院の観音堂下柱穴と本尊(寺史捏造疑惑を解明する)  (2007年6月15日)

篠津原雲井城跡(庄原市高町)  (2007年6月1日)

毛利元康と深津王子山城(福山市東深津町・深津市の虚説)  (2007年4月15日)

杉原盛重と毛利氏を結ぶ女性(熊谷信直の姪と杉原直良の婚姻)  (2007年4月15日)

山城の見本『一乗山城跡』(福山市熊野町)  (2007年4月1日)

福山で一番冷遇されてきた人物(住持頼秀と明王院)  (2007年2月9日)

城館を見直す目(その2)(破壊された大石城跡)  (2007年2月9日)

宮氏の一族(私見)  (2007年2月9日)

中世尾道の浄土宗西山派の寺院について  (2006年12月9日)

山手町の長峰城跡(福山市山手町・銀山城の出城)  (2006年12月9日)

馬屋原氏の盛衰(神石郡最大の国人・素性から居城まで)  (2006年10月15日)

中世芦田川河口の繁栄(胎蔵寺胎内文書から見えたこと)  (2006年8月15日)

歴史の謎(足利高氏の軍勢催促状について)  (2006年6月15日)

本庄の歴史(備後の豪族「杉原氏」苗字の地)  (2006年5月24日)

松尾山城跡について(尾道市高須町・高須杉原氏の居城)  (2006年4月15日)

徳川秀忠を畏怖させた猛将(抹消された毛利元康の事績)  (2006年2月15日)

杉原盛重と天野隆重(毛利氏「家中」と「国衆」)  (2005年10月15日)

渋川直頼の譲状(備後での渋川氏の所領について)  (2005年10月15日)

中世武士と実名について(山名理興の「興」の意味)  (2005年4月8日)

福山の歴史を読みなおす(古代から中世までの地域特性)  (2005年2月18日)

安芸平賀氏の盛衰  (2004年12月20日)

備後国府城と杉原保(八尾山城説の呪縛)  (2004年10月20日)

幻の古代豪族(中世に活躍する安那氏・紀氏の末裔)  (2004年8月18日)

豊松村有賀の「五輪塔」について(伝内藤実豊墓)  (2004年6月21日)

備後を造った人々(三)(平家の滅亡から戦国時代まで)  (2004年6月21日)

備前法華に安芸門徒の源流(日蓮宗の備後での布教)  (2003年10月11日)

大内山城跡測量調査報告(福山市神辺町八尋・下竹田)  (2003年8月13日)

城と百姓(中世備後の民衆を例にして)  (2003年8月13日)

山田渡辺氏と鞆(『福山志料』付録の古文書を読む)  (2003年4月12日)

永正の安芸国衆協約の成立事情とその効力  (2002年10月12日)

草戸千軒の地名の変遷について(草出・草出津の背景)  (2002年10月12日)

杉原保の常興寺(塗り替えられた野上村の歴史)  (2002年10月12日)

石(岩)成庄上村に付いて(其の二)(福山市神辺町・加茂町)  (2002年10月12日)

石(岩)成庄上村に付いて(福山市神辺町・加茂町)  (2002年8月10日)

胎蔵寺釈迦如来坐像胎内文書の発見  (2002年4月12日)

春日宮と常福寺(渡辺氏の庇護と盛衰)  (2002年2月9日)

渡辺文書と明王院縁起(新史料の発見と長井頼秀の事績)  (2001年12月22日)

二通の傘連判状(山内・宮・渋川・杉原重盛の名が抜ける謎)  (2001年10月13日)

益田氏の系譜について(石見への土着から現代まで)  (2001年6月16日)

足利氏鞆に起り、鞆に滅ぶ(光厳上皇の院宣と幻の鞆幕府)  (2001年6月16日)

城郭部会城跡調査報(比婆郡口和町)  (2001年1月13日)

世尊寺定成筆平行政願文(備後国人杉原氏関連史料)  (2000年12月9日)

宮氏の素性(新資料から考察する備後国人衆)  (2000年12月9日)

福山市西域の史跡―中・近世山陽道を歩く―  (2000年10月21日)

福山北部の史跡 其の一 ―古代山陽道を歩く―  (2000年10月21日)

福山市東部の史跡  (2000年10月21日)

沼隈半島を歩く  (2000年10月21日)

草戸山周辺  (2000年4月10日)

笠岡の町(古代~近代歴史覚書)  (1999年12月18日)

中山田城測量調査報告(福山市熊野町)  (1999年6月11日)

悲運の国衆新庄古志氏(出雲古志氏説を検証する)  (1998年8月8日)

村上水軍と歌島の砦(尾道市向島)  (1998年6月13日)

真瀬氏と菖蒲城(福山市神辺町西中条)  (1998年6月13日)

大田庄をめぐる人々(世羅町・支配の変遷)  (1998年6月13日)

再び永禄二年の篠津原合戦について  (1998年4月11日)

地頭について(地頭職・得分の実態を考察する)  (1998年2月7日)

悲運…崇徳上皇と真言宗阿弥陀山医王寺  (1997年12月9日)

永禄二年篠津原合戦記(宮上総介景盛と山内隆通の争い)  (1997年12月9日)

杉原氏の出白に関する私見(在庁官人説の疑問)  (1997年10月18日)

油木八幡の大般若経について(神石高原町・亀山八幡)  (1997年10月18日)

熊野町の山城跡 中世史研究の一方法(福山市沼隈町)  (1997年10月18日)

杉原民部丞について(親光と為平の補任時期を考える)  (1997年8月9日)

木之上城遺跡に関する付記(福山市神辺町東中条)  (1997年6月14日)

戦国大名の台所―覇者毛利元就の苦悩―  (1997年4月19日)

木之上遺跡について(福山市神辺町東中条)  (1997年4月19日)

「お杉の方」とはどんな女性だろう(毛利弘元側室)  (1997年4月19日)

毛利元就と備後  (1997年2月8日)

宮盛忠について(盛忠は下野守家か?)  (1996年12月7日)

志川滝山合戦の感状について(毛利元就書状)  (1996年11月9日)

新市町相方城跡に就いて(築城者は誰なのか?)  (1996年8月24日)

『人国記』に見る備後人  (1996年6月22日)

藁江庄を歩く(福山市金江町)  (1996年4月20日)

大工と棟梁(古代から近世までの変遷について)  (1996年2月17日)

「法成寺」の地名について(福山市駅家町・勅旨田と京都法成寺)  (1996年2月17日)

久代宮氏の出自について(久代宮氏は上野介家か?)  (1995年12月9日)

中世の代表的大荘園 大田荘の実力者・淵信の思考  (1995年10月14日)

明王院東本大堂寺と系工匠  (1995年10月14日)

一部地頭葉山氏の執念―朝廷にかけた一五〇年、本領回復の夢―  (1995年10月14日)

備後杉原氏の盛衰  (1995年6月17日)

掛迫城跡(福山市駅家町法成寺字掛迫)  (1995年5月27日)

一乗山城跡(福山市熊野町)  (1995年5月27日)

正戸山城跡(福山市御幸町)  (1995年5月27日)

相方城跡(広島県史跡・芦品郡新市町相方)  (1995年5月27日)

鷲尾山城跡(尾道市木ノ庄町木梨)  (1995年5月27日)

神辺の山城一覧  (1995年5月27日)

亀寿山城跡(新市新市宮内、府中市中頂町)  (1995年5月27日)

折敷山城跡(笠岡市走出)  (1995年5月27日)

笠岡山城跡(笠岡市笠岡)  (1995年5月27日)

八尾山城跡(府中市出口町)  (1995年5月27日)

柏城跡(芦品郡新市町下安井、福山市駅家町新山)  (1995年5月27日)

石屋原城跡と大石城跡(芦品郡新市町藤尾・神石郡三和町)  (1995年5月27日)

丸山城跡(沼隈郡沼隈町大字上山南字岡田)  (1995年5月27日)

淵上城跡(府中市土生町)  (1995年5月27日)

銀山城跡(福山市山手町杢原)  (1995年5月27日)

大場山城跡 (福山市本郷町)  (1995年5月27日)

楢崎城跡(府中市久佐町)  (1995年5月27日)

ある山城の譜( 利鎌山城・福山市芦田町福田)  (1995年4月9日)

法然と備後(浄聞房はどこに流罪されたのか)  (1994年8月26日)

芋原「大すき」探索(古代山城茨城か宮氏の中世山城か)  (1994年5月21日)

赤坂における秀吉、義昭の対面(備後國・福山市)  (1994年2月19日)

隠れた史跡と伝説を訪ねて(福山市)  (1993年10月31日)

深安郡神辺町要害山城跡の測量調査  (1993年7月18日)

父木野福島氏について(広島県神石高原町)  (1993年4月18日)

中世村落の構造と領主制へのアプローチ―西遷地頭小早川氏の場合―  (1993年4月18日)

「備後古城記」について  (1992年12月6日)

中世史へのアプローチ~福山市千田地区の場合~  (1991年11月2日)

山城と道~神石郡石屋原城跡を例に~  (1991年11月2日)

『太平記』への招待~南北朝時代の備後~  (1991年7月13日)

和智元郷と村上武吉の起請文  (1990年11月17日)

中世の浄土宗 西山派と鎮西派  (1990年7月14日)

時宗と草戸千軒・吉備津神社  (1990年2月3日)

明王院五重塔の相輪伏鉢陰刻名について  (1985年8月11日)

備後に於ける宝篋印塔(特徴と実例)  (1983年3月6日)