備陽史探訪:167号」より

田口 由実

7番砂留

前166号で、芦田町福田の「別所砂留」に関する弘化三年(一八四六)の史料と解読文を紹介したが、続いて天保十一年(一八四〇)の史料を紹介する。

解読された山名氏によれば、この文書は、天保十一年五月に洪水被害を受けた砂留を修復するため同年八月に修復工事の申請をした下書きではないかということであった。 (五月の長雨による福山領の損毛は十一万九二二〇石、堤防決壊一三九〇箇所、流失家屋三五八戸、崩壊家屋二四〇戸、死者八二人)

解読を快く引き受けてくださった山名洋通氏、史料を探して提供してくださった国頭司郎氏に深く感謝申し上げます。

なお、この史料にある数字をわかりやすく表にまとめたものを参考まに下図に添付しておく。「切口長」は堤長のことであろう(上辺か下辺か?) 、「上り」は斜面長のことか修復箇所のことであろうか。いずれ実測して検討してみる必要があるだろう。

また「凡人足」はおよその延べ必要員数である。

なお、文中に「先年、一郡寄の普請をした場所」とある。一郡寄で造成したのか、修築したのかは不明であるが、芦田郡全体から人足が徴集されたことがわかる。

別所砂留普請に関して、今後これよりさらに古い文書や他地域から文書が出て来る可能性もある。

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福田別所砂留について

福田別所砂留(2)1

福田別所砂留(2)2
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福田別所砂留(2)

 
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