石造物の実測方法について(宝篋印塔を測定してみる)

元興寺文化財研究所佐藤亜聖氏ご夫妻に指導して頂きました石造物の実測方法をご紹介します。

では、さっそく、

実測図には大別して3タイプがあります。

  1. 遺物実測法→部品1点1点を細かに描写する
  2. 遺構実測法→遺構の状態を忠実に計測する
  3. 建築実測法→遺構の設計図面を描くように作図する

石造物の研究では、3が最も有用なようです。今回は3の方法で行います。

今回は宝篋印塔ですが、もちろん五輪塔や板碑、墓石など石造物であれば基本的に応用可能な方法です。

必要な道具には以下のものがあります。

  • 木材尺…ホームセンターなどで売っている大き目のやつ
  • サシガネ…普通のものでOK
  • コンベックス…これも普通のやつでOK
  • 画板…四切サイズの大きいもの
  • シャープペンシル…製図用の0.3mmのもの、芯は2H程度の硬めがよい
  • 方眼紙…目盛は1mmで大サイズ
  • スケッチ用紙…大き目のサイズで細かな文字を書けるもの
  • 三角スケール…1/500があるもの

スケッチ

手順としては、まず対象となるものをスケッチします。後で実測値を書き込みますので、大き目かつ模様のひとつひとつまで描いていきます。できれば絵心があった方がよいようです。

スケッチ

筆記用具はボールペンやマジックなどだと万が一遺物に付着したら拭き取りが難しいので、NGです。次にスケッチに実測値をミリメートルで記入していきます。ここからが石造物の実測図作成の最大のポイントです。

測定

宝篋印塔や五輪塔は基本的に左右対称ですので、外側は隅部(凹凸)の全幅を、内部(模様類)は対称部分の右左間の接点・頂点の幅(下図赤線)を測ります。この計測に木材尺が非常に便利!

模様部分

縦方向は基準になるラインを決めて、そこからの距離を測ります。

作図

これにはサシガネを測定面に水平に当ててコンベックスでサシガネまでを測る方法が簡単です。

宝篋印塔の相輪部など、連続した模様が続く場合、縦方向は凹から凸への幅(下図青四角)の平均値を決めておき、凸部の上部下部(下図赤矢印)のみを計測します。

相輪の計測

このようにして、今回作成した図が下記なのですが、これは失敗です。最初に描いた中央の図では小さすぎたので右に書き直し、結局それでも小さくて細かい模様(蓮弁)部分は左に書き直しているのです。なお、この図の作成には1時間ほどかかりました。変なメモが色々されていますが、気付いたことはその場でメモしないと作業をしている間に忘れてしまうそうで、言わばこれはプロのテクニック(笑)

スケッチ

実測図作成

計測値を記入したスケッチから、いよいよ実測図を作成します。まず、方眼紙に地面の線を書きます。ここから中央に縦線を引き、その片面に計測値の座標を打って線を結んでいきます。

ここで1/5スケールが大きな意味を持ちます。というのは、先に対称部分を左右間の幅で測っていますが、実測図は片面なので半分の1/2。従って、1/5×1/2=1/10となり、横方向は計測値を1桁(10mm→1mm)変えるだけなのです。

縦方向については、そのまま1/5で計算が面倒ですので三角スケールの1/500の目盛を使って座標を打っていきます。以上の要領で作成中の図が下記になります。

図面

実測図の直線はなるべく定規(スケール)を当てて、摩耗した部分も本来の線を復元するように書いていきます。つまり、現物から石造物製作者の設計を復元的に作成する感じです。

これにより当然ながら図面に実測者の主観が入りますが、石造物の研究で重要なのは形状を体系的に分類することですので、現在の状態よりも本来の形状を知る方が有効なのだそうです。

なお、スケッチがあれば実測図は持ち帰ってから作成することはできますが、完璧に記入したようでも抜けがあったり再確認する必要が出てきたりすることがあるので、なるべく現地で書いた方が無難なようです。

ちなみに、上の実測図の状態まで1時間程度かかっています。今回は時間の都合でこの状態で持ち帰っていますが、現地でスケッチから実測図の完成まで持っていくには丸1日を見ておいた方がよさそうです。

このようにして、実測図を作成していくと、逆にスケッチ段階でどの部分の計測値を記入すればよかったかが見えてきます。つまり、実測は何度か一通りやってみないと要点が身につかないのです。

真弧による凹凸計測

実測図の作成が終わると、表面の凹凸の度合い(彫り込み)を取得します。これには「真弧(マコ)」と呼ばれる専用の機材を用います。

真孤

この機材は列に並べられた竹ひごを対象に押し当てることで、表面の凹凸を取得します。

真孤

そしてこの凹凸を紙に書き写し、後で実測図に合わせて1/5で縮小コピーします。

真孤のトレース

宝篋印塔の場合、基礎(格狭間)と笠(隅飾)の彫り方が特に重要ですので、それぞれパーツの中央部分で凹凸を取得します。なお、真弧の幅より測定対象の幅の方が広い場合は重複部分を多めに取って後で合成します。

清書

最後に、持ち帰った実測図をトレス紙に写すあるいはコピーしたものを反転し裏から光を当てて写すなどして残り半分を作成し、これを清書すれば完成です。
厚山宝篋印塔左隣りの宝篋印塔実測図

こんな面倒なことをしなくても計測機で読み取ればいいじゃないか、と思うかもしれませんが、先に述べたように、現在の石造物の状態がどうであるかよりも、石造製作者の意図を読み取ることが重要であり、それにはこのような実測の方が有効なのだそうです。

非常に時間と根気のかかる作業ですが、こうした地道な作業が研究の発展には欠かせないのですね…

https://bingo-history.net/wp-content/uploads/2012/07/569f32710d7c096f6ab60d9541bdc691-e1456468883262.jpghttps://bingo-history.net/wp-content/uploads/2012/07/569f32710d7c096f6ab60d9541bdc691-150x100.jpg管理人事務局だより元興寺文化財研究所佐藤亜聖氏ご夫妻に指導して頂きました石造物の実測方法をご紹介します。 では、さっそく、 実測図には大別して3タイプがあります。 遺物実測法→部品1点1点を細かに描写する 遺構実測法→遺構の状態を忠実に計測する 建築実測法→遺構の設計図面を描くように作図する 石造物の研究では、3が最も有用なようです。今回は3の方法で行います。 今回は宝篋印塔ですが、もちろん五輪塔や板碑、墓石など石造物であれば基本的に応用可能な方法です。 必要な道具には以下のものがあります。 木材尺…ホームセンターなどで売っている大き目のやつ サシガネ…普通のものでOK コンベックス…これも普通のやつでOK 画板…四切サイズの大きいもの シャープペンシル…製図用の0.3mmのもの、芯は2H程度の硬めがよい 方眼紙…目盛は1mmで大サイズ スケッチ用紙…大き目のサイズで細かな文字を書けるもの 三角スケール…1/500があるもの スケッチ 手順としては、まず対象となるものをスケッチします。後で実測値を書き込みますので、大き目かつ模様のひとつひとつまで描いていきます。できれば絵心があった方がよいようです。 筆記用具はボールペンやマジックなどだと万が一遺物に付着したら拭き取りが難しいので、NGです。次にスケッチに実測値をミリメートルで記入していきます。ここからが石造物の実測図作成の最大のポイントです。 測定 宝篋印塔や五輪塔は基本的に左右対称ですので、外側は隅部(凹凸)の全幅を、内部(模様類)は対称部分の右左間の接点・頂点の幅(下図赤線)を測ります。この計測に木材尺が非常に便利! 縦方向は基準になるラインを決めて、そこからの距離を測ります。 これにはサシガネを測定面に水平に当ててコンベックスでサシガネまでを測る方法が簡単です。 宝篋印塔の相輪部など、連続した模様が続く場合、縦方向は凹から凸への幅(下図青四角)の平均値を決めておき、凸部の上部下部(下図赤矢印)のみを計測します。 このようにして、今回作成した図が下記なのですが、これは失敗です。最初に描いた中央の図では小さすぎたので右に書き直し、結局それでも小さくて細かい模様(蓮弁)部分は左に書き直しているのです。なお、この図の作成には1時間ほどかかりました。変なメモが色々されていますが、気付いたことはその場でメモしないと作業をしている間に忘れてしまうそうで、言わばこれはプロのテクニック(笑) 実測図作成 計測値を記入したスケッチから、いよいよ実測図を作成します。まず、方眼紙に地面の線を書きます。ここから中央に縦線を引き、その片面に計測値の座標を打って線を結んでいきます。 ここで1/5スケールが大きな意味を持ちます。というのは、先に対称部分を左右間の幅で測っていますが、実測図は片面なので半分の1/2。従って、1/5×1/2=1/10となり、横方向は計測値を1桁(10mm→1mm)変えるだけなのです。 縦方向については、そのまま1/5で計算が面倒ですので三角スケールの1/500の目盛を使って座標を打っていきます。以上の要領で作成中の図が下記になります。 実測図の直線はなるべく定規(スケール)を当てて、摩耗した部分も本来の線を復元するように書いていきます。つまり、現物から石造物製作者の設計を復元的に作成する感じです。 これにより当然ながら図面に実測者の主観が入りますが、石造物の研究で重要なのは形状を体系的に分類することですので、現在の状態よりも本来の形状を知る方が有効なのだそうです。 なお、スケッチがあれば実測図は持ち帰ってから作成することはできますが、完璧に記入したようでも抜けがあったり再確認する必要が出てきたりすることがあるので、なるべく現地で書いた方が無難なようです。 ちなみに、上の実測図の状態まで1時間程度かかっています。今回は時間の都合でこの状態で持ち帰っていますが、現地でスケッチから実測図の完成まで持っていくには丸1日を見ておいた方がよさそうです。 このようにして、実測図を作成していくと、逆にスケッチ段階でどの部分の計測値を記入すればよかったかが見えてきます。つまり、実測は何度か一通りやってみないと要点が身につかないのです。 真弧による凹凸計測 実測図の作成が終わると、表面の凹凸の度合い(彫り込み)を取得します。これには「真弧(マコ)」と呼ばれる専用の機材を用います。 この機材は列に並べられた竹ひごを対象に押し当てることで、表面の凹凸を取得します。 そしてこの凹凸を紙に書き写し、後で実測図に合わせて1/5で縮小コピーします。 宝篋印塔の場合、基礎(格狭間)と笠(隅飾)の彫り方が特に重要ですので、それぞれパーツの中央部分で凹凸を取得します。なお、真弧の幅より測定対象の幅の方が広い場合は重複部分を多めに取って後で合成します。 清書 最後に、持ち帰った実測図をトレス紙に写すあるいはコピーしたものを反転し裏から光を当てて写すなどして残り半分を作成し、これを清書すれば完成です。 こんな面倒なことをしなくても計測機で読み取ればいいじゃないか、と思うかもしれませんが、先に述べたように、現在の石造物の状態がどうであるかよりも、石造製作者の意図を読み取ることが重要であり、それにはこのような実測の方が有効なのだそうです。 非常に時間と根気のかかる作業ですが、こうした地道な作業が研究の発展には欠かせないのですね…備後地方(広島県福山市)を中心に地域の歴史を研究する歴史愛好の集い