1997年10月11日発行

―古代のロマンと元就の軌跡を求めて―

秋の出雲石見一泊旅行
八騎塚(小早川正平主従の墓)

吉田郡山城合戦(天文9年~10年〈1540~41〉)で破れた尼子氏を見限り、大内方につく安芸・備後・備中・石見などの国人衆が激増し、さらに巨星尼子経久が没したのを機に大内義隆は出雲遠征を敢行する。第1次月山富田城の戦い(天文11年~12年〈1542~43〉)である。

しかし、富田城の守りは固く、戦いが長期化するにつれ、遠征軍に倦怠の色が漂い始め、大内方にあった三沢・三刀屋・本城・吉川・山内氏らが再度尼子方に寝返った結果、形勢は一気に逆転、ついに義隆は撤退を決意する。その退却戦の最中、沼田小早川家(惣領家)の当主小早川正平はわずか21歳で討ち死する…


<目次>

  • 出雲石見一泊旅行探訪コース
  • 神原神社古墳
  • 古曽志大谷1号墳
  • 一畑寺(一畑薬師)
  • 八騎塚(小早川正平主従の墓)
  • 鰐淵寺
  • 出雲大社
  • 日御碕神社
  • 石見銀山
  • 周辺地図
  • 山吹城
  • 順庵原1号墓
  • 古墳年表

 
 
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