2007年04月01日

山城の見本『一乗山城跡』(福山市熊野町)

一乗山城跡

約700はあるのではないかという備後の山城、 ほとんどは現在自然の山に帰り、初心者には近づけません。 その中でお勧めは、福山駅からバスで30分という「一乗山城跡」、 規模としては小さなものですが、地元の人の手によって雑草が刈り取られ、 誰でも見学できます。

福山駅前のバスセンターから鞆鉄バス「沼隈方面行き」に乗って『六本堂』で下車。 まずはバス停の前にある町内の観光案内図の前で一服、城跡の場所を確かめましょう。 ここからは徒歩です。六本堂から左折して南を目指しますと遠くに巨大な土手が見えてきます。 福山市熊野水源地です。土手の上に立つと南に水面に緑の影を落す円錐形の小山が眼前に迫ってきます。 これが戦国時代付近一帯を支配した土豪渡辺氏の居城一乗山城跡です。

土手を渡って道なりに進むとやがて城山の麓に到着します。 登り口は福山市が設置した説明板がありますから、すぐわかるはずです。 登山道から尾根に出ると長い石段に突き当たります。 城跡の一角に建つ「七面明神」の参道です。 七面明神は日蓮宗の神様で、城主渡辺氏が熱烈な日蓮宗の信者だったことから城の鎮守として まつられたものです。 この社殿の背後から城内に入ります。 社殿背後の堀切を越えると、しばらくすると三段目、二段目の曲輪が見えてきます。 右手の斜面には幾条もの竪堀が穿ってあります。

一乗山城縄張り

山頂本丸は400平方メートルほどでしょうか。 南端には高さ2メートルの土塁が残り、その南は深い堀切です。 城の見所は本丸の東直下の井戸と周囲に残る竪堀群です。 井戸は岩盤に直接掘られたもので、現在でも水をたたえ、 どんな旱魃でも枯れることはないそうです。 竪堀は南の尾根続きを除いて全周に見られます。 小さな城ですが、その防備の厳重さには驚かされます。

城主渡辺氏は、この城に拠って五代、約百年間、熊野の盆地を支配しました。 廃城は慶長5年(1600)、あの関が原の合戦で渡辺氏の属した毛利氏が敗れたためです。 以後、400年、城跡は地元の人々の温かい目に守られて、 今も静かに眠っています。

【一乗山城跡】