1985年03月16日

福山の建物三十年史(一)(昭和30年代)

備陽史探訪:24号」より

種本 実

二月例会で蔵王から福山市街を見おろした時、田畑山林よりもマッチ箱のような家並みやそびえ立つ工場群の煙突、近代的なビル等々が私達の視界に入りました。いつの間にか郷土は緑や川や海がつぶされ建物がほとんどの面積を埋めるようになりつつあります。建物の中にも古い物、建物中の物もあります。主に公共の建物を中心にその歴史を追って福山市の三十年の推移をみつめてみます。

―資料・公報ふくやま―
市長・藤井正男 人口七三七九五人

昭和30(1955)年2月 公会堂 増築成る。一二〇〇人―二倍収容 阿部伊勢守正弘の銅像を城跡公園に建立した礼に、阿部家から市へ3万円寄附がありそれをもとに大正14(1925)年、元NHKの場所に建つ昭和40(1965)年10月にとりこわす。( 40年の歴史)
昭和30(1955)年11月 駅前大通りに平和の女神像「鳩を放つ女神」(現在は他へ)
昭和31(1956)年11月 護国神社改築
昭和32(1957)年5月 洗谷橋の完成―三組の夫婦渡り初めの式
昭和33(1958)年9月 鞆・伏見能舞台修理(重文)
昭和33(1958)年11月 深津に農業試験場 三川ダム竣工まぎわ(高四〇m長一四六m)
昭和33(1958)年12月 ラジオ中国福山中継所
昭和34(1959)年3月 明王院五重塔修理始まる。 約二〇〇〇万円
昭和34(1959)年8月 福山市役所新新市庁舎完成(5部27課) 約八〇〇〇万円
昭和35(1960)年3月 仙酔島の国民宿舎完 一七〇〇万円
昭和37(1962)年1月 鞆の浦会館完 1階は鞆支所
昭和37(1962)年9月 大門病院完―昭和22年深安郡大津野村国民健康保険直営診療所→深安郡の合併により「福山国民健康保険大門病院」→ 45年より「福山市民病院」昭和52年8月より現蔵王町へ移転
昭和39(1964)年5月 明王院本堂が重文から国宝 昭和28年五重塔が国宝に→全国で5番目に古い
昭和39(1964)年7月 「福山テレビ中継所」 市政慇周年記念
昭和39(1964)年10月 広島県立青年の家完 文部省建設の静岡県御殿場町富士のすその「国立中央青年の家」がモデル

 
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